SBT認定取得の全体像を把握する
SBT認定取得は、一朝一夕には実現できません。しっかりとした準備と計画的なアプローチが必要です。まずは、取得までの全体像を把握することから始めましょう。
基本的な流れは、CO2排出量の算定から始まり、目標設定、申請、そして承認というステップを踏みます。ただし、この過程で最も重要なのは「準備段階」です。特に中小企業の場合、CO2排出量の算定に必要なデータの収集体制が整っていないことも多く、ここでつまずくケースが少なくありません。

企業規模による要件の違いを正確に理解する
SBTにおける企業規模の定義は、一般的な中小企業の定義とは大きく異なります。この違いを正確に理解することが、効率的な準備の第一歩となります。
まず、最も重要な基準として、scope1,2の合計排出量が年間1万トン未満であることが挙げられます。この基準を満たした上で、以下の条件についても確認が必要です。海上輸送船や非再生可能発電資産(火力発電所など)を所有していないこと、金融セクターに属していないこと、大企業の子会社でないことなどが基本的な要件となります。
これらの必須条件に加えて、従業員数が250名未満、年間売上高が5,000万ユーロ(約80億円)未満、総資産が2,500万ユーロ(約40億円)未満という3つの条件のうち、2つ以上を満たす必要があります。この基準に基づいて、自社がどちらの区分に該当するのかを見極めることが、準備の出発点となります。

CO2排出量の算定 - 実務上の課題と解決策
CO2排出量の算定は、SBT認定取得における最大の山場と言えます。特に初めて取り組む企業にとって、データの収集と分析は大きな課題となります。
例えば、本社ビルの電力使用量は把握しやすいものの、全国各地の営業所や倉庫などの使用量となると、特にテナントビルに入居している場合などは正確な数値の把握が困難なケースがあります。このような場合、ビル全体の電力使用量から床面積比で按分するなど、合理的な方法での算定が認められています。
また、社員の通勤や出張に関するCO2排出量の算定も悩ましい課題です。これについては、交通費精算データを活用し、移動距離と一般的な排出係数を掛け合わせる方法が一般的です。完璧な精度を求めすぎずに、まずは利用可能なデータから始めることが重要です。
目標設定のアプローチ - 現実的かつ科学的な目標づくり
SBTでは、目標設定において一定の柔軟性が認められています。中小企業の場合、scope1,2については年率4.2%の削減が求められますが、scope3については算定のみで、具体的な削減目標の設定は任意とされています。
一方、大企業の場合は、scope1,2で年率4.2%、scope3で年率2.5%という具体的な削減目標が求められます。これらの数値は、パリ協定が目指す「世界の平均気温上昇を1.5度以下に抑える」という目標に基づいて科学的に算出されたものです。
目標設定の期間についても検討が必要です。5年という短期間で設定すると年率の削減目標は高くなり(例:8.4%/年)、10年間で設定すれば年率は低くなります(4.2%/年)。自社の状況に応じて、現実的な期間設定を行うことが重要です。
申請手続きの実際 - ステップバイステップのガイド
SBTへの申請手続きは、近年より厳格化される傾向にあります。2024年からは、まずアカウントを設定し、SBTiからの承認を得た上で申請作業を行うという2段階のプロセスとなっています。
*最新情報はSBTi公式ポータルサイトをご確認ください。
具体的な手順としては、まずSBTiのウェブサイトでアカウントを作成します。その際、企業の基本情報(企業名、事業内容、連絡先など)の入力が必要です。続いて、CO2排出量のデータや削減目標案を提出し、事前審査を受けることになります。
この段階で重要なのは、提出データの正確性と一貫性です。SBTiは提出されたデータについて、企業のウェブサイトや公開情報との整合性も確認します。例えば、過去のニュースリリースやアニュアルレポートに記載された事業展開と、申請データの範囲が一致しているかなどもチェックされます。
申請費用は、中小企業の場合が1,250ドル、大企業の場合が9,500ドルとなっています。また、5年後の目標再設定時には、それぞれ625ドル、4,750ドルが必要となります。これらの費用は、経営計画の中でしっかりと予算化しておく必要があります。
社内体制の構築 - 持続可能な取り組みのために
SBT認定の取得は、ゴールではなく新たなスタートラインです。認定取得後も、継続的なデータ収集と削減施策の実施、進捗管理が求められます。そのため、持続可能な社内体制の構築が不可欠です。
まず、データ収集の仕組みを確立する必要があります。エネルギー使用量や物流データなど、必要なデータを定期的かつ効率的に収集できる体制を整えます。可能であれば、既存の基幹システムとの連携も検討すると良いでしょう。
また、各部門との連携も重要です。例えば、経理部門からの請求書データ、総務部門からの施設管理データ、物流部門からの輸送データなど、様々な部門が関わってきます。これらの部門との円滑な協力体制を構築することが、継続的な取り組みの鍵となります。
情報開示の体制も整える必要があります。SBTでは、進捗状況の定期的な報告が求められます。年次報告書やサステナビリティレポート、CDPへの回答など、様々な形での情報開示が想定されます。これらの報告業務を効率的に行える体制を整えることも重要です。

scope3への対応 - サプライチェーンを巻き込む
scope3の算定と管理は、特に大企業にとって大きな課題となります。大手企業では、scope3が全体の排出量の90%以上を占めているケースも珍しくありません。
このような場合、サプライヤーとの協力関係の構築が不可欠です。具体的には、サプライヤーへの説明会の開催や、算定方法の共有、必要に応じた技術的支援など、きめ細かなサポートが必要となります。
一方で、中小企業の場合は、scope3は算定のみでよく、削減目標の設定は任意とされています。ただし、取引先から算定を求められるケースも増えていますので、可能な範囲でのデータ収集と管理の体制は整えておきましょう。
目標達成に向けたロードマップの作成
SBT認定取得後は、設定した目標の達成に向けて具体的な行動を起こす必要があります。そのために、短期・中期・長期のロードマップを作成することをお勧めします。
短期的には、運用改善による省エネ施策の実施や、低燃費車両への切り替えなど、比較的取り組みやすい施策から始めることができます。中期的には、設備の更新や再生可能エネルギーの導入など、ある程度の投資を必要とする施策を計画的に実施していきます。長期的には、事業モデル自体の見直しや、サプライチェーン全体での取り組みの強化など、より本質的な変革を目指していくことになります。

まとめ
明日からできる準備
SBT認定取得は、確かに大きなチャレンジですが、計画的に準備を進めることで十分に実現可能な目標です。まずは、現状のCO2排出量の把握から始め、段階的に取り組みを拡大していくことをお勧めします。
特に重要なのは、早めの準備開始です。SBTの要件は年々厳格化する傾向にあり、また、取引先からの要請は突然やってくる可能性があります。そのような事態に備えて、まずはデータ収集の体制を整えることから始めてみてはいかがでしょうか。
連載を終えて
3回にわたる連載を通じて、SBTの基本的な考え方から、具体的な事例、そして実践的なアプローチまでを解説してきました。脱炭素への取り組みは、もはや一部の先進企業だけの課題ではありません。むしろ、企業の持続可能性を左右する重要な経営課題となっています。
この連載が、皆様のSBT認定取得に向けた第一歩となれば幸いです。なお、SBTの要件や手続きは随時更新されますので、最新の情報はSBTiの公式ウェブサイトでご確認ください。
*本記事の情報は記事公開時点のものです。