どこまでが自社の排出?境界の考え方
最初に直面する壁は「どこまでが自社の排出なのか」という問題です。本社だけ?工場も?関連会社は?取引先は?...と、どんどん広がっていきます。
GHGプロトコルでは、この悩みを解決するために「組織境界」と「活動境界」という2つの考え方を示しています。
組織境界:どの会社までカウントするか
「うちのグループ会社は全部で10社あるけど、どこまで含めればいいの?」
こんな疑問に答えるのが「組織境界」の考え方です。主に次の2つの方法があります。
- 出資比率アプローチ:出資している分だけカウントする方法
例えば、A社がB社に40%出資している場合、B社の排出量の40%分をA社の排出量に加えます。
- 支配力アプローチ:経営に関与しているかどうかで判断する方法
例えば、A社がB社の経営を実質的に支配している場合、出資比率に関わらず、B社の排出量を100%カウントします。
「うちは小さな会社だから関係ないよ」と思うかもしれませんが、逆に「あなたの会社は大手企業のサプライチェーンの一部」かもしれません。その場合、あなたの会社のCO2排出量を問われる日が来るかもしれないのです。
活動境界:どの活動までカウントするか
次に考えるのは「どんな活動から出るCO2をカウントするか」です。これが、よく耳にする「scope1、2、3」の区分です。

引用元:知っておきたいサステナビリティの基礎用語~サプライチェーンの排出量のものさし「スコープ1・2・3」とは(経済産業省)
実際にどう計算するの?scope別の基本計算式
CO2排出量の計算はシンプルです。基本的には次の公式だけ覚えておけばOKです。
CO2排出量 = 活動量 × 排出係数
例えるなら、「食べたカロリー = 食べた量 × 食品あたりのカロリー」と同じ考え方です。 それでは、scope別に具体的な計算方法を見ていきましょう。
scope1の計算方法
scope1は比較的簡単です。使った燃料の量に、その燃料から出るCO2の量をかけるだけです。
・灯油を100リットル使った場合:
100リットル × 2.5kg-CO2/リットル = 250kg-CO2(0.25トン-CO2)
「えっ、この数字はどこから?」と思いましたか?実は、灯油1リットルを燃やすと2.5kgのCO2が出る、という「排出係数」は、国が定めています。

引用元:温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル(Ver6.0) (令和7年3月) 第Ⅱ編 温室効果ガス排出量の算定方法(環境省)
CO2測定の現場では、単位を間違えて計算したら実際の1000倍という途方もない数字になってしまった、というエピソードをよく聞きます。キロリットルとリットル、トンとキログラムの混同には注意しましょう!
scope2の計算方法
scope2も基本は同じです。使った電気の量に、電力会社ごとの排出係数をかけます。
・ある電力会社から年間10万kWhの電力を購入した場合:
100,000kWh × 0.000461トン-CO2/kWh = 46.1トン-CO2
ここで重要なのは、電力会社ごとに排出係数が違うこと。太陽光や風力などの再生可能エネルギーをたくさん使っている電力会社は、係数が小さくなります。
また、この排出係数は毎年更新されるので、最新のものを使うようにしましょう。古い排出係数を使うと、実態と合わないCO2排出量になってしまいます。
引用元:電気事業者別排出係数(特定排出者の温室効果ガス排出量算定用)-R5年度実績- R7.3.18(環境省・経済産業省)
scope3の計算方法
scope3は少し複雑です。15のカテゴリーそれぞれに計算方法があります。代表的な例を見てみましょう。
カテゴリ1(購入した製品・サービス)の場合:
物を買うとき、その物が作られる過程でCO2が出ています。それを計算するには、以下の式を用います。
購入金額 × 排出原単位(金額あたりの排出量)
例えば、米を100万円分購入した場合:
100万円 × 6.26トン-CO2/100万円 = 6.26トン-CO2
ここで課題になるのは、この方法だと取引金額を下げることでしか、そのカテゴリーのCO2を下げることができないという点です。本来は「あなたのお米はどのぐらいのCO2を出しながら生産されたお米ですか?」と聞いて、実際の排出量データを集める必要があります。
カテゴリ7(従業員の通勤)の場合:
社員の通勤で使う交通手段ごとにCO2排出量が違います。
通勤距離 × 交通手段別排出係数
例えば、自家用車で通勤する場合は燃費とガソリン使用量から計算できます。車が走った距離や燃料の使用量が分かれば、カテゴリー7の従業員の通勤についても計算できるのです。
必要なデータはどこにある?データ収集の実践テクニック
「わかった!では計算するためのデータはどう集めるの?」
正確な計算には正確なデータが必要ですよね。scopeごとにデータの集め方を見ていきましょう。
scope1・2のデータ収集
scope1・2のデータは、意外と身近なところにあります。
scope1のデータは主に以下の場所に:
- 燃料の購入請求書
- 施設の管理記録
- 社有車の給油記録や走行距離
scope1の場合、自分の会社の経理部門や総務部門に聞けば、だいたいのデータは手に入ります。
scope2のデータは主に以下の場所に:
- 電力会社の請求書
- 工場やオフィスの電力メーター記録
scope3のデータ収集
scope3は社内の複数部門や社外からのデータ収集が必要です。
データ収集のコツ:
- 誰が持っているデータか、まず整理する
例)原材料の購入データ→購買部、出張データ→総務部
サステナビリティ推進本部は環境について特化していますが、物品の調達をする部門は別にあります。どの部署がどんなデータを持っているか、まずはマッピングしておきましょう。 - 経営層から「CO2測定は重要」というメッセージを出してもらう
やはり、経営層に一旦話を上げて、「サステナビリティの正確なCO2の把握をするために全社的に協力してください」という号令がかかった上で部署間の連携をするのが望ましいでしょう。 - サプライヤーにも協力を求める
たとえば、「御社のEVトラックのスペックや走行距離、我が社に何回往復しているかといった情報を記録してください」と依頼するなど、サプライヤーからの生データ収集も重要です。 - データ収集の雛形を作る
バラバラの形式でデータが集まると整理が大変です。統一フォーマットを作って配布すると、効率的に情報収集をすることができます。

要注意!よくある間違いとその対処法
これまで多くの企業のCO2算定に携わってきた経験から、よくある間違いとその対処法をご紹介します。
1. 単位の誤変換
例えば、灯油100リットルの排出量を計算する際に、
(誤)100リットル × 2.5トン-CO2/kL = 250トン-CO2
(正)100リットル × 2.5kg-CO2/L = 250kg-CO2 = 0.25トン-CO2
単位の桁数を間違えるという事例が結構多いのです。なぜか「トンの方だけそのままで、250トンのCO2が出ている」という形で、桁を3桁間違えてしまうようなケースも少なくありません。
対処法:計算の前に、すべての単位を揃えましょう。特にリットル・キロリットル、キログラム・トンの変換には注意が必要です。
2. 重複計上
同じCO2を2回カウントしてしまうこともあります。
例えば、社有車のガソリン(scope1)と社員の通勤(scope3)で、同じ車両の排出量を計上してしまうケース。
対処法:どこからどこまでが自社の排出なのか、境界を明確にしましょう。これは「一貫性」の原則に関わる重要なポイントです。
3. 古い排出係数の使用
「去年も同じExcelを使ったから大丈夫」と思っていませんか?実は電力の排出係数は毎年更新されます。毎年この係数は更新されていくので、古いものは使わずに新しいものを使いましょう。
対処法:毎年、最新の排出係数を確認して更新する習慣をつけましょう。また、使用した排出係数の年度を記録しておくことも大切です。
4. 推計値と実測値の混在
一部は請求書の数字、一部は「だいたいこのくらい」という推計、なんてことはありませんか?
対処法:どのデータが実測値で、どのデータが推計値かを明記しておきましょう。「透明性」の原則として、第三者が「本当ですか?」と言われたときに根拠となるものを全て示せるような透明性が求められます。
まとめ:正確な測定のポイント
CO2排出量の測定は、確かに最初は大変です。でも、一度仕組みを作ってしまえば、2年目からはずっと楽になります。初めに計算ルールを構築するのは大変ですが、2年目以降は通勤の頻度などを変えるだけで、すぐに計算できるようになります。
CO2排出量を正確に測るためのポイントをおさらいしましょう。
- 適切な境界設定:自社の組織と活動の範囲を明確に
- 正確なデータ収集:必要なデータを特定し、収集体制を構築
- 適切な排出係数の選択:最新かつ自社の活動に合った係数を使用
- 一貫性のある方法:測定方法を年度間で統一
- 透明性の確保:計算方法や前提条件を明確に記録
「大企業じゃないから関係ない」と思わずに、まずは小さく始めてみませんか?scope1・2だけでも測ってみると、意外な発見があるかもしれません。徐々に範囲を広げていけば、いつの間にかCO2測定のプロになっているはずです。
次回は「CO2データの活用術〜測定から削減・開示まで」と題して、せっかく測ったデータをどう活かすか、その具体的な方法をご紹介します。お楽しみに!