蓄電池の基本
蓄電池は、電気を蓄えるための装置です。たとえば、昼食用のお弁当を朝準備しておき、必要な時に取り出して食べるように、電気が余っている時間帯に蓄電池へ電力を蓄え、必要な時に取り出して使用することができます。
具体的には次の2つのことができます:
- 充電する(電気をため込む)
- 放電する(貯めた電気を使う)
例えば、晴天の日中に太陽光パネルで多くの発電が行われている場合は、その電力を蓄電池に蓄えておき、夜間や日照のない時間帯には蓄電していた電力を使用する、といった利用が可能です。

電力系統と蓄電池
電力系統とは、電気が流れる大きな道路網のような存在です。この電力系統では、常に「発電量」と「消費量」が一致していなければなりません。発電量が多すぎても少なすぎても、系統の安定性が損なわれる恐れがあります。
これを交通整理に例えると、蓄電池は次のような役割を果たします:
- 車(電気)が多すぎるとき
→ 一時的に駐車場(蓄電池)に車(電気)を蓄えておき、交通網(系統)を調整します。 - 車(電気)が少ないとき
→ 駐車場から必要な車(電気)を出し、不足分を補います。
近年、再生可能エネルギーの普及に伴い、発電量の変動が激しくなっています。たとえば、予想以上に晴天となり太陽光発電量が増加した場合や、急な曇天や天候の変動で発電量が急減することが挙げられます。こうした発電量の変動に迅速かつ柔軟に対応できるのが蓄電池です。
蓄電池は、発電量と消費量のバランスを保ち、電力系統の安定運用に寄与する極めて重要な設備といえます。
よくある誤解 —安く買って高く売るだけじゃダメなの?
蓄電池ビジネスというと、多くの人が「安い時間に電気を貯めて、高い時間に売れば儲かる」と考えます。確かにその通りなのですが、実はそれだけでは十分な利益を得られないことが多いのです。
なぜか、具体的な例で見てみましょう!
計算してみよう —投資は回収できる?
例えば、学校の体育館くらいの大きさの蓄電池を考えてみましょう。
この蓄電池は2メガワット(2MW)の出力で、8メガワット時(8MWh)の容量があります。
これは一般家庭約800軒分の電気を4時間分貯められる大きさです。
この蓄電池にかかる費用は...なんと約5億円。大きな投資ですね!
さて、この蓄電池で電気の値段が安い昼間(例えば1kWhあたり0.01円)に充電して、
電気の値段が高い夕方(例えば1kWhあたり8円)に放電するとします。
1回の充放電での利益は:
8,000kWh(8メガワット時) × 8円 = 約64,000円
これを年間300日続けると:
64,000円 × 300日 =約1,920万円/年
蓄電池を運用するコストもあるので実際にはもっと儲けは少ないのですが、一旦それを忘れたとすると、「1,920万円も儲かるなら悪くない!」と思うかもしれません。
しかし、投資した5億円を回収するには:
5億円 ÷ 1,920万円/年 = 約26年
なんと、26年もかかってしまいます!蓄電池の寿命を考えると、これでは投資として魅力がありません。
比較:太陽光発電の場合
一方、太陽光発電はどうでしょうか。2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)では、太陽光で発電した電気を高い価格で国に買い取ってもらえました。
1メガワットの太陽光発電所(サッカー場1面分くらい)は:
- 年間発電量:約110万kWh
- 買取価格:40円/kWh(当時)
- 年間収入:4,400万円
- 建設費用:約2.5億円
投資回収期間は:
- 2.5億円 ÷ 4,400万円/年 = 約5.7年
約6年で投資が回収できる計算になります。これなら魅力的ですよね!

蓄電池の隠れた価値—「待機」にもお金が払われる
では、蓄電池はどうやって収益を上げるのでしょうか?
実は、電気の売り買い以外にも大切な役割があるのです。
それが「需給調整市場」と呼ばれる仕組みです。これは何かというと、「いざという時にすぐに電気を出せる状態で待機していること」に対してお金が支払われる市場なのです。
消防士が火事がなくても待機していてくれるおかげで、火事の時にすぐに対応できるのと同じです。蓄電池は、電力系統に何か問題があった時に、一瞬で対応できる「消防士」のような役割を果たせるのです。
速さが命の需給調整市場
需給調整市場では、どれだけ速く反応できるかによって、いくつかの種類に分かれています:
- 一次調整力:10秒以内に反応(超高速)最も応答時間が短く、電源の脱落や短周期の瞬間的な周波数変動に対応。
- 二次調整力①:5分以内に反応(とても速い)一次調整力がカバーしきれない持続的なズレに対応。
- 二次調整力②:5分以内に反応(とても速い)主にゲートクローズ後の予測誤差(長周期成分)に対応。
- 三次調整力①:15分以内に反応(速い)需要予測誤差や電源脱落に対応。
- 三次調整力②:45分以内に反応(やや速い)再生可能エネルギーの予測誤差に対応。
蓄電池は特に「一次調整力」に強みがあります。なぜなら、ボタン一つで瞬時に充電・放電を切り替えられるからです。
火力発電所などは、出力を上げ下げするのに時間がかかりますが、蓄電池は一瞬です!
収益はどのくらい?
例えば、一次調整力市場では、2MWの蓄電池が3時間分の調整力を提供すると:
2,000kW × 19.5円/kW × 6コマ(3時間分) = 234,000円
これを毎日行うと年間で:
234,000円 × 360日 = 8,424万円/年
これなら投資回収期間は:
5億円 ÷ 8,424万円/年 = 約5.9年
約6年で回収できる計算になります。これなら、投資として十分魅力的ですね!
需給調整市場の特徴
需給調整市場の面白いところは、24時間お金を稼げることです。
電気の安い時間と高い時間の差を利用する取引(アービトラージ)は基本的に1日1回しかチャンスがありませんが、需給調整市場は朝も昼も夜も同じように収入が得られます。
現在の市場状況
現在、日本の需給調整市場、特に一次調整力市場は参加者がとても少なく、そのため、高い収益が期待できる状況です。
しかし、すでに多くの企業が蓄電池への投資を計画しており、東北電力管内だけでも30ギガワット(原子力発電所30基分)もの蓄電池の接続申込みがあるそうです。
これだけの蓄電池が実際に稼働し始めると、市場は「売り手市場」から「買い手市場」に変わり、収益性は下がっていくと考えられます。

海外の事例
オーストラリアやイギリスでは、すでに日本よりも蓄電池市場が発達しています。
これらの国では、最初は需給調整市場で高い収益を上げていましたが、参入者が増えるにつれて収益性は低下しました。
その代わり、日中と夜間の電気料金の差が大きくなり、アービトラージ(価格差取引)での収益機会が増えたそうです。日本でも同じような道をたどる可能性があります。
意外と大変な蓄電池ビジネスの実務
実は蓄電池ビジネスを実際に運営するのは簡単ではありません。例えば:
- 複数の市場に参加する難しさ:需給調整市場とJEPX(日本卸電力取引所)の両方に参加する場合、同じ蓄電池を二重に約束してしまわないよう、細心の注意が必要です。
- 指令に応じられなかった場合のリスク:需給調整市場で約定後、実際の指令に応じられなかった場合、3回程度で市場から除名されるリスクがあります。
- 価格設定の難しさ:どのくらいの価格で入札するべきか、常に考える必要があります。高すぎると約定しないし、低すぎると収益が減ります。
将来の展望
日本は2030年までに再生可能エネルギーの比率を36〜38%に、そして将来的には4〜5割に高めることを目指しています。太陽光や風力発電が増えるほど、電力系統の安定化のために蓄電池の需要は高まります。
蓄電池ビジネスの収益性は変動するかもしれませんが、社会的な重要性は増すばかりです。
まるで、インターネットの普及とともにサーバーの重要性が高まったように、再エネの普及とともに蓄電池の重要性も高まっていくでしょう。
まとめ—蓄電池は未来のエネルギーの要
蓄電池ビジネスは、単純な電気の売買だけでなく、電力系統の安定化という重要な役割を担っています。現在は需給調整市場での高い収益が期待できますが、将来的には市場環境が変化する可能性もあります。
それでも、再生可能エネルギーが増えれば増えるほど、蓄電池の必要性は高まります。蓄電池は、文字通り「エネルギーの未来を支える」技術なのです。
蓄電池は難しい技術に見えるかもしれませんが、本質は「電気を貯めて、必要な時に使う」というシンプルなものです。
この技術が広がることで、太陽の光や風のエネルギーをもっと上手に使える社会に近づくのです。あなたも蓄電池の可能性に注目してみてください!
