森とカーボンニュートラルの深い関係
日本の温室効果ガス排出量は年間約10 億 7,100 万トンですが、一方で、森林のCO2吸収源対策による吸収量は4,520万トンにのぼります。
近年、管理が行き届かない人工林や放置された山が増え、森林のCO2吸収力は少しずつ低下しています。
森は地球の「呼吸」を支える存在ですが、そのリズムが乱れ始めているのです。こうした静かな変化こそ、カーボンニュートラルを考えるうえで見過ごせない課題といえるでしょう。
森林がCO2を吸うしくみ
森が二酸化炭素を吸収する仕組みは「光合成」です。
木々は日光を浴びると、葉のなかで二酸化炭素と水を取り込み、太陽のエネルギーを使って糖と酸素を生成します。このとき吸収した炭素は、幹や枝、根などに蓄えられます。つまり、木は空気中の炭素を閉じ込めているのです。
木が成長するほど、より多くの炭素を蓄えることができます。一方で、葉が落ちたり、木が枯れて分解される過程で、蓄えられていた炭素が二酸化炭素として再び大気中に放出されることもあります。この「吸収」と「排出」のバランスのうえで、森林の働きは成り立っているのです。
また、木の年齢によっても吸収力は変化します。若い木は成長が速く、多くの二酸化炭素を吸収しますが、成木や老木になるとその量は減少します。そのため、伐採と植林を繰り返す「循環」が、森林の吸収力を保つために欠かせません。

木の成長とともに変わるCO2吸収のしくみ
森林のCO2吸収量は、永遠に増え続けるわけではありません。一般的に、樹齢30〜40年を過ぎると吸収量はピークに達し、その後は次第に減少していきます。これは、成長が落ち着き、呼吸による排出と吸収のバランスが取れるようになるためです。
日本の森林の約4割を占める人工林の多くは、戦後の復興期に植えられたスギやヒノキで構成されています。そのうち約6割が50年生を超える主伐期(老齢期)に達しており、全国的に森林の高齢化が進んでいるのです。手入れが行き届かない森では、光が地面まで届かず、下草が育たないため、土壌のCO2吸収力もどんどん低下します。
こうした状況のなかで、環境省は「森林吸収量は今後減少傾向に入るおそれがある」と指摘しています。つまり、カーボンニュートラルを実現するためには、ただ森を残すだけでなく、伐採・植林・管理を繰り返す循環を維持することが不可欠です。森を次の世代へとつなげていく取り組みこそが、脱炭素社会を支える基盤となります。
日本の森の現実と課題
日本は国土の約3分の2が森林に覆われた世界有数の「森林大国」です。しかし、その豊かな自然の裏で、森は目立たないかたちで少しずつ機能を失いつつあります。
戦後の木材需要を支えるため、1950〜1970年代にかけて全国でスギやヒノキの人工林が次々と植えられました。当時の林業政策は「伐って使い、また植える」という循環を前提としていましたが、安価な外国産材の輸入が進むにつれ、国産材の需要は急激に減少しました。その結果、伐採や手入れが行われないまま放置された人工林が、いま各地で「過密状態」に陥っているのです。
木が密集すると光が地面に届かず、下草や若木が育たなくなります。その結果、根が浅くなり、土壌が流されやすくなって、豪雨や土砂災害のリスクも高まります。つまり、放置された森はCO2を吸わないだけでなく防災の機能までも失ってしまうのです。
さらに、林業の担い手不足も深刻な問題の一つです。かつて高齢化が進んでいた林業の現場では近年やや若返りの傾向もみられます。林業従事者の平均年齢は、平成7(1995)年の56.2歳をピークに令和2(2020)年には52.1歳まで下がっています。それでも全国的には従事者数そのものが減少傾向にあり、担い手不足は依然として深刻です。
こうした課題を受け、国や自治体では「森林環境譲与税」や「地域林政アドバイザー制度」など、森林整備や人材育成を支援する仕組みを整えています。しかし、制度を設けるだけでは十分とはいえません。地域ごとに「森を活かす産業」を再構築し、経済と環境の両立を実現していくことこそが、持続可能な脱炭素社会に向けた重要なポイントといえるでしょう。
森林・材木由来のJ-クレジットとは何か
森林は、木材としての価値だけでなくCO2を吸収するという「見えない役割」も担っています。その力を経済の仕組みとして活かすのが「森林・材木由来のJ-クレジット」です。
森林の保全を通じて、企業の環境貢献や地域活性化を実現する新しい取り組みとして注目されています。
ここでは、J-クレジットの概要やメリットと課題を詳しくみていきましょう。
Jクレジットの概要
J-クレジット制度とは、企業や自治体などが実施した温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として認証・取引できる仕組みです。
再生可能エネルギーの導入、省エネ設備の導入、森林の保全や再造林などによって削減・吸収されたCO2量を「1トン=1クレジット」として国が認証します。
認証されたクレジットは、企業が自社の排出量をオフセット(相殺)する際や、カーボンニュートラルの取り組みを示す際に活用されています。
J-クレジットには、取り組み内容に応じて次のような種類があります。
Jクレジットの種類 |
省エネルギー由来クレジット:省エネ設備の導入などにより、エネルギー使用量やCO2排出量を削減した取り組み 再生可能エネルギー由来クレジット:太陽光・風力・水力などの再生可能エネルギーを活用して石炭火力発電由来のCO2排出を抑える取り組み 森林由来クレジット:森林の保全や再造林などを通じてCO2を吸収した量を対象とする取り組み |
このうち、森林由来クレジットは、森が持つCO2吸収機能を経済的な価値として可視化する仕組みです。たとえば、ある自治体が間伐や再造林を行い、その結果として吸収されたCO2量が認証されると、企業がそのクレジットを購入して自社の排出量を相殺できます。
つまり、J-クレジットのなかでも森林由来のクレジットは、「森を守ることをビジネスとして成立させる」新しい形の環境価値取引といえるでしょう。
参照先:林野庁「J-クレジット制度」
森林由来のJ-クレジットのメリットと課題
Jクレジット制度は、温室効果ガスの削減や吸収を促進する有効な手段として期待されている一方で、制度の普及・運用には技術的・制度的な課題も残されています。
ここでは、森林由来のJ-クレジット制度のメリットと課題をそれぞれみていきましょう。
森林由来のJクレジット制度のメリット
森林由来のJクレジットは、CO2吸収という自然の力を活かしながら、地域と企業がともに利益を得られる「共創型の仕組み」として注目されています。
森林由来のJクレジット制度のメリットは、次のとおりです。
森林由来のJクレジット制度のメリット
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このように、森林由来のクレジットは、「環境の再生」と「地域経済の循環」を同時に実現する仕組みとして、脱炭素社会を支える重要な柱となっています。
森林由来のJクレジット制度の課題
一方で、森林由来のクレジット制度には、実施や運用の面で次のような課題も残されています。
森林由来のJクレジット制度の課題
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こうした課題に対応するため、林野庁では2024年度からクレジットの信頼性を高める新認証制度「森林吸収プロジェクト標準(Forest Carbon Standard)」の整備を進めています。
今後は、環境価値の「見える化」とともに、地域の現場で継続可能な仕組みをどう築くかが焦点となるでしょう。

カーボンニュートラルにまつわる世界と日本の取り組み
森林を活かしたカーボンニュートラルの動きは、いまや世界各地で広がっています。
国際的には、森林減少を防ぐための資金メカニズムが整備され、途上国支援や企業参加の枠組みが進化しています。一方で、日本でも地域や企業が連携し、森林を活かした独自の脱炭素モデルづくりも始まっているのです。
ここでは、世界の潮流と国内の先進事例を比較しながら、森を起点とした脱炭素の最前線をみていきましょう。
世界の潮流
近年、世界では「森を守ること」を経済活動と結びつける動きが加速しています。
その代表例が、2010年代に国連のもとで導入された「REDD+(Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation)」です。
これは、森林の減少や劣化によるCO2排出を抑えた国や地域を国際的に支援する仕組みで、
途上国が森林を保全することで得た削減量を、先進国が資金面で支援する制度を指します。
アマゾンやインドネシアでは、森林火災の防止や地域住民の生活支援を一体化させたプロジェクトも進行中です。さらに民間企業も参画し、森林保全を通じて自社のサプライチェーンリスクを軽減する取り組みが広がっています。
日本の先進事例
日本各地でも、自治体や企業が「森」と「脱炭素」を組み合わせた独自の取り組みを進めています。地域資源を活かしながら、環境保全と経済の両立を図る動きが広がっています。
岐阜県「G-クレジット制度」 岐阜県では2023年度より独自の森林由来のカーボン・クレジット制度を創設し、2025年度より本格的な登録簿システムの運用を開始。 県内の市町村や森林組合において適切に管理された森林による二酸化炭素吸収量をクレジットとして県が認証。県内外の様々な事業者とのクレジットの取引で得られた資金を活用し、健全で豊かな森林づくりを進めています。 |
三井物産森林株式会社 全国75か所・合計約45,400ヘクタールを有する社有林「三井物産の森」のほか、5,000ha以上の森林経営計画対象森林を持つ森林所有者・管理者も対象に、航空測量からクレジットの登録審査・販売までを一気通貫で支援。現在、森林J-クレジット登録済案件における認証見込量の5割超が「三井物産共同創出案件」由来で、2035年迄に約500万t-Co2の創出を予定。 クレジットの取引のみならず、クレジット創出元の森林所有者と共に、再造林事業や新たな環境価値創出事業を組成し、その収益を森に還してゆくヴィジョンを持っています。 |
トヨタ自動車「Forest of Toyota Project」 自治体と協働し、CO2削減と地域活性化を目的に森の再生活動を展開。 森林整備(間伐や草刈りなど)による健全な里山を維持、動植物の調査、生物多様性を確認・保全するほか、子ども達を対象に学校や地域向けの自然観察会、環境学習プログラムなどを実施しています。 |
参照元:環境省「地域循環共生圏事例集」
これらの事例に共通するのは、「森林の保全が地域と企業の持続可能な利益につながる」という発想です。脱炭素の取り組みは、単なる環境対策にとどまらず、地域経済や文化、雇用の再構築にもつながっています。
森を未来へつなぐために、今できること
「森を守る」と聞くと、どこか遠い話に感じるかもしれません。しかし実際には、私たちの何気ない日常の選択が、森の未来を少しずつ変えています。
たとえば、家具や文具、家の建材などに国産材を選ぶことも、森を守る行動のひとつです。それだけで、適切に手入れされた森の木が循環し「伐って・使って・また植える」というサイクルが生まれます。国産材の利用は、輸送時のCO2排出削減にもつながり、地域の林業を支える「意思表示」でもあります。
また、自治体が行うふるさと納税型の森林保全プロジェクトや、企業が参画する「企業の森」への寄付といった取り組みもおすすめです。たとえば、東京都の「多摩の森活性化プロジェクト」では、個人や企業が森林整備のほか様々な森づくり体験をできる仕組みを整備しています。
さらに、紙の使用量を減らしたり、リサイクル紙を使ったり、再利用可能な木製品を選んだりといった日常の小さな工夫も、確実にCO2削減につながります。
大切なのは「完璧な環境行動」を目指すのではなく、自分ができる範囲で少しだけ意識を変えてみることです。その小さな一歩が積み重なって、やがて未来の森を支える大きな力となるでしょう。

まとめ
カーボンニュートラルと森林の関係は、CO2を吸収するだけにとどまりません。
森林は光合成によって炭素を固定し、地球全体のカーボンサイクルを支える「基盤」として機能しています。また、適切な伐採・植林による管理は、環境保全だけでなく地域経済の活性化にもつながります。
つまり、森を守ることは、脱炭素社会を支える根幹を整えることです。技術や制度だけでなく、自然が本来持つ力を正しく理解し、活かすことが、持続可能な未来への確かな一歩です。
