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CO2の"見える化"はじめの一歩|③CO2データの活用術 ー測定から削減・開示までー

CO2の"見える化"はじめの一歩|③CO2データの活用術 ー測定から削減・開示までー

CO2排出量を可視化したあと、そのデータはどのように活用すれば良いのでしょうか?投資家や従業員など、データを見せる対象が異なるごとに、データを利用する目的も変化します。

GHGプロトコル特集の最終回となる今回は、CO2データの活用術に焦点を当てます。社内の無駄を発見し、取引先との関係を強化し、投資家からの評価を高めるCO2データは、使い方次第で強力な経営ツールになります。いわば、「数字」に命を吹き込む作業です。

脱炭素は「コスト」ではなく「投資」。そのマインドセットで、データの活用方法を見ていきましょう。

目次

測定作業を効率化するヒント集

まずは、CO2排出量の測定作業そのものを効率化するヒントをご紹介します。これから始める方も、すでに取り組んでいる方も参考にしてみてください。

1. データ収集の仕組みづくり

CO2排出量の測定で一番時間がかかるのは、実はデータ集めです。社内のあちこちから集めなければならないデータを、どう効率的に集めるか。ここがポイントです。

具体的な取り組み例

  • 統一のExcelフォーマットを作成して配布
  • 社内システムにCO2データ入力機能を追加
  • クラウド上の共有フォルダでデータを一元管理
  • 請求書などから自動でデータを抽出するツールの活用

とにかく最初にしっかりと情報収集する仕組みを作っておけば、2年目以降は格段に楽になります。測定の初期投資は大変でも、長い目で見れば大きなメリットがあるのです。

2. 巻き込む力を高める

CO2排出量の測定は、環境部門だけでは完結しません。総務、経理、購買、営業...さまざまな部署の協力が必要です。

特に、scope3については、物品を調達している部門と連携して、どこからどのようにお金が払われて物品を買っているかを把握する必要があります。サステナビリティ推進本部が輸送業者さんと直接コミュニケーションを取るのは難しいものです。各部署との連携がカギになります。


協力を得るコツ

  • 経営層からの「これは大事」というメッセージ
  • データ提供の目的と重要性を丁寧に説明
  • 「なぜそのデータが必要か」の理由を共有
  • データ提供の手間を最小限に

やはり、経営層に一旦話を上げて、「サステナビリティの正確なCO2の把握をするために全社的に協力してください」という号令がかかった上で部署間の連携をするのが望ましいでしょう。

3. 計算方法をきちんと残す

「去年どうやって計算したっけ?」と毎年悩まないために、計算方法をきちんと記録しておくことが大切です。担当者が変わっても継続できる仕組みが必要です。


記録しておくべき情報

  • データの出所(どこから集めたか)
  • 使用した排出係数と出典
  • 除外したデータとその理由
  • 推計を行った場合はその方法
  • 前年からの変更点とその理由

「今年こういう方法でやりました、来年は計算方法変えます」というように一貫性がないと、CO2排出量の増減をしっかり把握できません。また、財務情報と同じように非財務情報もしっかりと情報開示が求められるようになってきました。透明性も重要なのです。

【図表1:CO2排出量算定のロジック記録表(例)】

CO2排出量を算定する際に必要なデータの管理記録の例

CO2データの見せ方|社内外に伝わる開示のコツ

せっかく集めたCO2データも、その見せ方次第で価値が大きく変わります。数字の羅列だけでは、読み手に「だから何?」と思われてしまいます。目的に応じた効果的な見せ方を工夫しましょう。

1. 目的別のデータ可視化

同じデータでも、見せる相手や目的によって、最適な見せ方は変わります。

社内向けの場合:

  • 部門別・活動別の内訳(「どこから出ているか」がわかるように)
  • 前年比較グラフ(増減とその理由が一目でわかるように)
  • 目標に対する達成度(「あとどれくらい」が見えるように)

社外向けの場合:

  • scope別の排出量の円グラフ(全体構造が一目でわかるように)
  • 経年変化のトレンドグラフ(削減努力が見えるように)
  • 業界平均との比較(自社の立ち位置が伝わるように)

例えば、トヨタの情報開示では、scope1については256万トン、scope2が287万トン、scope3が58,746万トンという形で出していますが、さらにそれぞれの内訳として地域別(ヨーロッパ、アジア、日本本社など)の排出量も示されています。このように適切な粒度での開示が大切です。

引用元:Sustainability Data Book(トヨタ自動車株式会社)

【図表2:効果的なCO2データ可視化の例】

2. 信頼性を高める工夫

単に数字を出すだけでなく、その数字がどのように算出されたのかを明らかにすることで、情報の信頼性は大きく高まります。


信頼性を高めるポイント

  • 測定の範囲を明確に(何を含め、何を除外したか)
  • 使用した算定基準を明記(GHGプロトコルなど)
  • 前提条件や不確実性の開示
  • 可能であれば第三者検証の実施

情報開示の効果的な示し方として、scope1、2、3について、TCFDに準じた形で開示し、内訳もしっかり示すことが重要です。投資家はなるべく細かく見たいという傾向があります。

参考資料:気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)(環境省)

3. 伝えたい相手に合わせた情報発信

CO2データは、伝える相手によって関心ポイントが異なります。


ステークホルダー別のアプローチ

  • 投資家には、気候変動がもたらす財務リスクと機会、長期削減目標
  • 顧客には、製品・サービスあたりの排出量、同業他社との比較
  • 取引先には、協働による削減可能性、お互いのメリット
  • 従業員には、自分たちの活動とCO2排出の関係、身近な取り組み

投資家とのエンゲージメントでは、TCFDやISSBに対してしっかりとガバナンスを持ち、削減目標を取締役会で定めて減らしていく体制を整えていることを示すことが重要です。また、気候変動リスクの有無や、再エネ化するための戦略についても説明することが求められます。

参考資料:ISSBのS1, S2基準最終化を踏まえたサステナビリティ関連開示の方向性(環境省)

データを活かした削減目標の設定方法

CO2排出量を測定したら、次は削減目標を設定しましょう。「とりあえず前年比5%削減」のような目標では、長期的な取り組みにはなりません。科学的な根拠に基づく目標設定が重要です。

1. 科学的根拠に基づく目標設定(SBT)

「どれくらい削減すればいいの?」という疑問に答えるのが、科学的根拠に基づく目標設定(SBT: Science Based Targets)です。これは、地球温暖化を1.5℃に抑えるために必要な削減量を科学的に算出したものです。


SBTの基本

  • scope1・2:年率4.2%以上の削減(1.5℃目標の場合)
  • scope3:年率2.5%以上の削減
  • 基準年から5〜10年の間に達成する目標を設定

SBTはパリ協定に整合する目標として、scope1・2については年率4.2%ずつ、scope3については年率2.5%ずつ削減することが求められています。


【図表3:SBTに基づく削減目標の例】

SBTに基づく削減目標の例のグラフ

参考資料:7. SBTの認定基準(環境省)

2. 削減施策の優先順位付け

限られた予算の中で最大の効果を上げるには、排出量が多い領域から優先的に対策を打つことが重要です。CO2排出量のデータを分析して、効果的な削減施策を見つけましょう。


優先順位付けの基準

  • 排出量の大きさ(まずは大きな排出源から)
  • 削減ポテンシャル(削減余地が大きいものから)
  • 投資対効果(少ない投資で大きな削減効果があるものから)
  • 実施のしやすさ(すぐに着手できるものから)

例えばトヨタの例では、scope1が256万トン、scope2が287万トン、scope3が58,746万トンと、圧倒的にscope3が大きいことがわかります。その中でも特に「ユースオブソールドプロダクト」(販売した製品の使用段階)が最も多く、次いで「パーチャスグッズアンドサービス」(購入した製品・サービス)となっています。これらをどう減らすかが重要なポイントです。

3. 進捗管理の仕組み化

目標を達成するには、定期的な進捗管理が欠かせません。「今年度末に測ってみたら全然達成できていなかった」とならないよう、こまめにチェックする仕組みを作りましょう。


進捗管理のポイント

  • 四半期ごとのデータ収集と分析
  • 部門ごとのKPI(重要業績評価指標)の設定
  • 経営層への定期報告の仕組み
  • 未達の場合の対応策(プランB)の準備

【図表4:CO2削減の進捗管理ダッシュボード例】 

CO2削減の進捗管理ダッシュボード例

投資家対応からサプライヤー連携まで|ステークホルダーとの関わり

CO2データは、社内の削減活動だけでなく、社外のステークホルダーとの関係づくりにも活用できます。特に重要なのが、投資家対応とサプライチェーンマネジメントです。

1. 投資家とのエンゲージメント

ESG投資の拡大により、投資家は企業のCO2排出量や気候変動対策に高い関心を持っています。投資家向けの情報開示では、単なる排出量だけでなく、気候変動が自社のビジネスに与える影響や対応策まで伝えることが重要です。


投資家対応のポイント

  • TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに沿った開示
  • 気候変動が自社にもたらすリスクと機会
  • リスク管理体制と削減戦略
  • 2030年、2050年に向けた長期ビジョン

投資家とのエンゲージメントでは、TCFDやISSBの枠組みに沿ってガバナンス体制を示し、削減目標を取締役会で定めて減らしていく姿勢を見せることが重要です。また、気候変動リスクの有無や、再エネ化するための戦略についても明確に説明することが求められます。

2. サプライチェーンマネジメントでの活用

多くの企業では、自社の直接排出(scope1・2)よりも、サプライチェーンからの間接排出(scope3)の方が圧倒的に多いものです。特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)の排出削減には、サプライヤーとの協働が欠かせません。


サプライヤー連携のポイント

  • サプライヤーへのCO2データ提供依頼(一方的な要求ではなく協力の姿勢で)
  • 共同削減プロジェクトの立案(Win-Winの関係構築)
  • 削減目標の共有と進捗フォロー
  • 優良サプライヤーの表彰や優遇

実際の取り組みとして、例えば自動車メーカーがサプライヤーに「皆さんが頑張らなければ、私たちの目標は達成できません」と伝えている例があります。サプライヤーの皆さんがCO2削減に取り組まないと、自動車メーカーの目標達成は困難なのです。

これは脅しではなく、川上に位置する完成車メーカーをはじめとして、その下に連なる約1万社のサプライチェーン全体が一丸となって取り組む必要がある、という現実を示しています。

関連記事:scope 1・2・3の違いを分かりやすく解説

3. 顧客との価値共創

CO2データは、顧客との関係づくりにも活用できます。特にBtoB企業では、顧客のscope3削減に貢献することが、新たな価値提案になります。


顧客連携のポイント

  • 製品・サービスのCO2排出量の見える化
  • 低炭素製品の開発・提案
  • 顧客のscope3削減への貢献アピール
  • 使用段階での排出削減のアドバイス

まとめ:これからのCO2測定・開示トレンドと準備しておくべきこと

CO2排出量の測定・開示を取り巻く環境は急速に変化しています。最後に、今後のトレンドと準備すべきポイントをご紹介します。

1. より詳細かつ正確なデータ要求の高まり

これまでは金額ベースの大まかな推計でも許されていましたが、今後はより詳細で正確なデータが求められるようになります。


準備ポイント

  • サプライヤーからの実際の排出量データ収集の仕組み構築
  • 社内データの精度向上のための投資
  • データの検証プロセスの確立

現在は金額ベースの排出係数をかけて計算することが多いですが、これだと取引金額を下げることでしかCO2削減ができません。将来的には、「うちの米は100万円あたり6.26トンもCO2出していなくて、大体4.0トンくらいです。なぜなら、収穫期に環境に配慮した方法を使っているから」というような、より実態に即した測定と報告が求められるようになるでしょう。

2. 開示義務化の拡大

欧州を中心に、CO2排出量開示の法制化が進んでいます。日本でも、徐々に開示義務のある企業が拡大しています。


準備ポイント

  • 国内外の開示規制動向のチェック
  • 将来的な義務化を見据えたデータ管理体制の整備
  • 社内の承認プロセスの効率化

GHGプロトコルは国際的なルールですが、数年もしくは10数年に1回、大幅な改定が行われます。常に最新の動向をチェックし、早めの対応が必要です。

3. デジタル化の進展

CO2データの収集・分析・開示のプロセスが、急速にデジタル化・自動化されています。


準備ポイント

  • デジタルツールの導入検討
  • データ連携の標準化
  • 社内の人材育成・スキルアップ

最近は自動算定ツールも多くの会社がサービスとして提供していますが、算定ツールを作っている会社でさえ、ツールの裏側で間違いが発生することもあります。単にツールを導入するだけでなく、正しく活用するための知識も必要です。

おわりに

CO2排出量の測定と開示は、もはや大企業だけの取り組みではありません。中小企業も含め、あらゆる企業に求められる時代になりつつあります。

「測って、活かして、伝える」—この一連のプロセスをマスターすることで、脱炭素時代の企業経営における重要な武器になるはずです。

大企業の皆さんだと、scope3まで取り組んでいる方も少なくないと思いますが、「まだ何もやっていない」という方は、ぜひscope1と2から早急に計算してみましょう。直接的な排出源から把握していくことで、自社の排出実態が見えてきます。

本シリーズを通じて、CO2排出量の「見える化」から「活用」までの基本を理解いただければ幸いです。脱炭素への第一歩は、まさに「測ること」から始まります。さあ、あなたの会社でも、明日から始めてみませんか?