カーボンニュートラル燃料とは何か
カーボンニュートラル燃料という言葉は、近年よく耳にするようになりましたが、その正確な意味を理解している人は意外と少ないかもしれません。まずは、この燃料の基本的な定義と考え方から見ていきましょう。
基本的な定義と考え方
カーボンニュートラル燃料とは、一般に燃料の製造・輸送・利用までを含むライフサイクル全体で見たときに、CO₂排出量を実質的にゼロ(ネットゼロ)に近づけることを目指した燃料を指します。
ここで重要なのは、「燃焼時にCO₂が出ない燃料」という意味ではない点です。多くのカーボンニュートラル燃料は、燃やせばCO₂を排出します。それでも「ニュートラル」と整理されるのは、そのCO₂が、もともと大気中に存在していた炭素に由来している、という考え方が前提にあるためです。
「ニュートラル」の仕組み
たとえば、植物は成長過程で光合成により大気中のCO₂を吸収します。その植物を原料にした燃料を燃やすとCO₂が出ますが、「吸収した分を再び戻しているだけ」と整理されます。これがバイオ燃料の基本的な考え方です。
また、合成燃料では、大気や排ガスから回収したCO₂を原料として燃料を製造します。つまり、すでに排出されたCO₂を再利用するという仕組みです。燃焼時に排出されるCO₂は、もともと回収したものですから、差し引きでは大気中のCO₂を増やさないという理屈になります。
このように、排出と吸収・回収をセットで捉え、差し引きで大気中CO₂を増やさないことを目指すというのが、カーボンニュートラルの基本的な考え方です。
ライフサイクル全体での評価が重要
ただし、燃料の製造や輸送、設備の建設などの段階でもエネルギーは使われます。たとえば、合成燃料の製造には大量の電力が必要ですし、バイオ燃料の原料栽培には肥料が使われ、輸送にもエネルギーが消費されます。
そのため、「どこまでを評価対象に含めるのか」を明確にし、ライフサイクル全体で評価する必要があるとされています。燃焼時だけを見るのではなく、原料調達から製造、輸送、利用、そして廃棄までの全工程を通じて、本当にCO₂排出削減に貢献できるのかを見極める視点が求められます。

なぜ今、カーボンニュートラル燃料が注目されているのか
脱炭素への取り組みが進む中で、なぜ今カーボンニュートラル燃料が改めて注目を集めているのでしょうか。その背景には、「電化の限界」という現実的な課題認識があります。
「電化の限界」という現実
カーボンニュートラル燃料が注目されている最大の理由は、脱炭素を進めるうえで「電化だけではどうしても届かない領域」が、想像以上に広いことが、現実的な課題として共有され始めたからです。
太陽光や風力などの再生可能エネルギー、EVやヒートポンプといった電化技術は、脱炭素の中核を担います。しかし、すべてのエネルギー需要を電気に置き換えることは、少なくとも短期的には難しいと整理されています。資源エネルギー庁の資料でも、電化を最大限進めつつも、燃料を必要とする分野が残ることが前提として示されています。
引用元:資源エネルギー庁『エネルギー白書2024 第3部 第5章 次世代エネルギー』
電化が難しい分野とその理由
航空機や船舶、産業用の高温熱プロセスなどでは、エネルギーの「重さ」と「体積」が重要になります。電池は年々進化しているものの、同じ重さで取り出せるエネルギー量(エネルギー密度)という点では、依然として液体燃料が優位にあります。
具体的には、液体燃料のエネルギー密度はリチウムイオン電池の約50倍とも言われています。そのため、長距離航空や大型船舶をすべて電動化するには、技術的なハードルが高いとされています。航空機に必要な電池を搭載すると、その重さで飛べなくなるという根本的な問題があるのです。
さらに、工場や発電所などでは、24時間・連続稼働が求められるケースも多く、天候によって出力が変動する再生可能エネルギーだけで安定運転を支えることは容易ではありません。鉄鋼業で必要な1500℃を超える高温熱を電気だけで効率的に得ることも、現時点では困難です。
こうした背景から、燃料という「貯められて、運べて、すぐ使える」エネルギー形態が、脱炭素後の社会においても一定程度必要になると考えられています。
引用元:資源エネルギー庁『次世代燃料政策について』
「社会を止めない脱炭素」という視点
もう一つ、カーボンニュートラル燃料が注目される理由として重要なのが、社会や産業を急激に止めずに移行する必要性です。
現在のエネルギーシステムは、長年かけて構築されてきた燃料供給網、貯蔵設備、輸送インフラ、そしてそれを前提とした機器や産業構造の上に成り立っています。日本だけでも、約3万ヶ所のガソリンスタンド、数千キロメートルに及ぶパイプライン、巨大な石油備蓄施設などが整備されています。
これらを短期間で全面的に作り替えることは、コスト面でも、安定供給の面でも大きなリスクを伴います。仮にすべてを電化しようとすれば、送電網の大幅な増強、充電インフラの全国整備、既存車両や機械の全面的な置き換えなど、天文学的な投資と時間が必要になるでしょう。
カーボンニュートラル燃料は、こうした既存インフラを完全に否定するのではなく、活かしながら排出を減らすというアプローチを取ります。電化が可能な分野では電化を進め、そうでない分野では燃料を低炭素化する。こうした役割分担の中で、カーボンニュートラル燃料が位置づけられていることが、以前との大きな違いです。
これは、脱炭素が理念段階から、実装段階へ移行しつつあることの表れとも言えます。言い換えれば、カーボンニュートラル燃料が注目されているのは、「夢の技術」だからではなく、制約条件の多い現実社会の中で、排出を確実に下げるための"現実解の一つ"として浮上してきたからなのです。
カーボンニュートラル燃料の種類
カーボンニュートラル燃料と一口に言っても、実はさまざまな種類があります。ここでは、主要な4つのタイプについて、その特徴を整理していきましょう。
主な4つのタイプ
カーボンニュートラル燃料は一つの燃料を指す言葉ではなく、複数の技術・燃料群をまとめた総称です。議論を整理するためには、まず大まかな分類を押さえておくことが重要です。
主に、次のようなタイプに分けて整理されます。
- 合成燃料(e-fuelなど)は、回収したCO₂と水素を原料に、化学的に合成してつくる燃料です。
- バイオ燃料は、植物や廃棄物などのバイオマスを原料とする燃料を指します。
- 用途特化型燃料(SAFなど)は、航空など特定分野で使われることを前提に設計された燃料です。
- 水素・アンモニアは、燃焼時にCO₂を排出しない燃料ですが、製造方法が評価の鍵となります。
これらは、得意とする分野も、課題も大きく異なります。ここからは、それぞれの燃料について詳しく見ていきましょう。
合成燃料(e-fuel)
合成燃料は、CO₂と水素を化学的に合成してつくる燃料です。「人工的に石油を作る」ようなイメージで、既存の燃料インフラを活用できる点が大きな特徴です。
合成燃料の仕組み
合成燃料は、CO₂と水素を原料として人工的に合成される燃料です。再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して得た水素(いわゆるグリーン水素)を使う場合、e-fuel( Electrofuels)とも言われます。
製造の流れは概ね次のように整理されています。まず、大気や工場排ガスなどからCO₂を回収します。次に、再生可能エネルギーで水を電気分解し、水素を製造します。そして、CO₂と水素を合成し、メタノールや合成ガソリン、合成ジェット燃料などを製造します。
この仕組みでは、燃焼時にCO₂は排出されますが、そのCO₂はもともと回収したものに由来するため、ライフサイクル全体での排出削減が期待されます。いわば「炭素をリサイクルする」という発想です。
合成燃料のメリット
合成燃料の大きな特徴は、既存の内燃機関や燃料供給インフラを活用できる可能性にあります。ガソリン車やディーゼル車、船舶、航空機など、現在使われている機器を大きく改修せずに導入できる点は、移行期の選択肢として評価されています。
たとえば、ガソリンスタンドやタンクローリー、貯蔵タンクなど、既存の供給網をそのまま使えるため、インフラ投資を最小限に抑えられます。また、既存の車両や機械も使い続けられるため、廃棄物の削減にもつながります。
また、再生可能エネルギーをいったん燃料の形に変えることで、長期貯蔵や長距離輸送が可能になる点も、メリットと言えるでしょう。電気は基本的に「使うときに作る」必要がありますが、燃料なら「作ってから保管し、必要なときに使う」ことができます。
合成燃料の課題
一方で、合成燃料は製造工程が多く、大量の電力を必要とするため、現時点ではコストが高いという課題があります。現在の試算では、合成燃料の製造コストは従来の化石燃料の数倍から十倍程度とも言われています。
論点 | 従来の化石燃料(ガソリン) | 合成燃料(E-fuel) | 説明 |
1. 原材料調達 | 極めて安価(採掘コストのみ) | 極めて高価(再エネ電力・純水・CO2) | ゼロから炭化水素を構築するため、熱力学的な逆反応(大量のエネルギー投入)が必要。 |
2. エネルギー効率 | 高効率(精製ロスは数%) | 低効率(Well-to-Wheelで15〜20%) | 「電気→水素→液体燃料」の各変換工程でエネルギーロスが発生。これが価格を数倍に押し上げる。 |
3. 設備投資 | 減価償却済み | 膨大(水電解装置・DAC・合成プラント) | DAC(大気直接回収)装置や高圧水電解槽はまだ量産効果が効いておらず、初期投資が非常に重い。 |
4. 流通インフラ | 既存設備を利用 | 既存設備を完全流用可能 | 合成燃料最大の競争優位性。 水素や電気と違い、貯蔵・配送・給油網の新規構築費用が「ゼロ」に近い。 |
化石燃料と合成燃料の比較表(著者作成)
また、製造に用いる電力が化石由来の場合、ライフサイクル全体での排出削減効果が小さくなる可能性があると指摘されています。たとえば、石炭火力発電の電気で水素を作り、それで合成燃料を製造しても、トータルでは化石燃料をそのまま使うより排出が増える可能性すらあります。
そのため、合成燃料が「どの程度カーボンニュートラルと評価できるか」は、電力の由来やCO₂回収方法を含めた前提条件に大きく左右されると整理されています。再生可能エネルギーが豊富で安価な地域で製造し、それを輸入するといった国際的なサプライチェーンの構築も視野に入れられています。
バイオ燃料
植物や廃棄物を原料とするバイオ燃料は、すでに一部で実用化が進んでいる身近なカーボンニュートラル燃料です。ただし、その評価には注意が必要です。
バイオ燃料の基本原理
バイオ燃料は、植物や廃棄物などのバイオマスを原料として製造される燃料です。代表的なものに、バイオエタノール、バイオディーゼル、バイオガスなどがあります。
基本的な考え方は、植物が成長過程で大気中のCO₂を吸収し、その炭素を含んだ燃料を燃やすことで、CO₂が再び大気に戻る、という循環にあります。この循環を前提に、カーボンニュートラルと整理される場合があります。つまり、「地中に眠っていた化石燃料を掘り出す」のではなく、「今ある大気中の炭素を一時的に使う」という点が大きな違いです。
バイオ燃料のメリット
バイオ燃料は、すでに混合燃料として導入実績があるものも多く、社会実装との距離が比較的近いとされています。たとえば、日本のガソリンスタンドで売られているガソリンには、すでに一定割合のバイオエタノールが混ぜられています。また、ヨーロッパでは軽油へのバイオディーゼル混合が進んでいます。
また、廃食油や廃棄物由来の原料を使う場合、廃棄物削減や資源循環の観点からも意義があると整理されています。家庭や飲食店から出る使用済みの天ぷら油などを回収して燃料化すれば、廃棄物問題の解決にも貢献できます。
バイオ燃料の課題
一方で、すべてのバイオ燃料が同じように評価されるわけではありません。原料の栽培に伴う土地利用変化、食料との競合、肥料や輸送による排出などを考慮すると、ライフサイクル全体での削減効果が限定的になる場合があると指摘されています。
たとえば、トウモロコシを原料にするバイオエタノールは、その栽培に広大な農地が必要です。そのために森林を伐採すれば、かえってCO₂排出が増える可能性があります。また、食用作物を燃料に使えば、食料価格の高騰を招く恐れもあります。
そのため、バイオ燃料については、原料の持続可能性や製造プロセスを含めた評価が重要であり、国際的にも持続可能性基準や認証制度の整備が進められています。「どんなバイオ燃料でも良い」わけではなく、「どう作られたか」が問われる時代になっているのです。
用途特化型燃料(SAF)
航空分野では、電化が難しいという現実を前提に、特定用途に特化したカーボンニュートラル燃料の開発が進んでいます。その代表例がSAFです。
SAFが生まれた背景
カーボンニュートラル燃料の中には、最初から特定の用途で使われることを前提に設計された燃料があります。その代表例が、航空分野向けのSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)です。
航空分野は、脱炭素において「電化が極めて難しい分野」と位置づけられています。大型航空機や長距離国際線では、電池の重量・航続距離・安全性の制約から、電動化による脱炭素は現実的ではありません。東京からニューヨークまで飛ぶ旅客機を電動化しようとすれば、現在の電池技術では機体重量のほとんどが電池になってしまい、乗客を乗せられなくなるという試算もあります。
そのため国際的には、航空機というシステム自体は大きく変えず、燃料だけを低炭素化するというアプローチが採られてきました。SAFは、その考え方を具現化した燃料です。
引用元:国土交通省『SAFのサプライチェーン構築に向けた取組』
SAFとは何か
SAFは、従来のジェット燃料(ケロシン)と同等の品質規格を満たしつつ、ライフサイクルでのCO₂排出削減を目指す航空燃料です。原料は、廃食油や動植物油などのバイオマス由来のものに加え、将来的にはCO₂とグリーン水素からつくる合成燃料由来のSAF(いわゆるe-SAF)も想定されています。
重要なのは、SAFが既存の航空機・空港インフラで使用できることです。通常は従来燃料とブレンドして使用され、航空機側の大きな改修を必要としません。現在の国際規格では、最大50%までの混合が認められていますが、将来的には100%SAFでの運航も視野に入れられています。
また、SAFは単なる「環境に優しい選択肢」ではなく、国際民間航空機関(ICAO)の枠組みの中で、航空業界全体が排出削減に取り組むための重要なツールとして位置づけられています。
日本で進むSAFの実例
SAFは理論上の話ではなく、日本国内でも既に実用段階に入っています。ここでは、航空会社と燃料供給事業者の具体的な取り組みを見ていきましょう。
JALとENEOSの取り組み
SAFは「将来の話」ではなく、日本でもすでに具体的な導入が始まっています。
日本航空(JAL)は、2030年度に自社が使用する航空燃料の10%をSAFに置き換えるという目標を掲げています。この目標は、単なる理念ではなく、企業・自治体・燃料供給事業者と連携した実装を前提にしたものです。10%という数字は、日本の航空会社の年間燃料使用量から考えると、数十万キロリットル規模の需要創出を意味します。
JALは、使用済み食用油などの非可食原料由来SAFを用いた定期便運航や、企業がSAFの環境価値を購入できるプログラムを通じて、SAF需要の創出と供給網の立ち上げを進めています。実際に、羽田発の定期便でSAFを使用した運航も既に実施されています。
引用元:日本航空(JAL)『「JAL Corporate SAF Program」開始(プレスリリース)』
燃料供給側では、ENEOSが国内石油元売として初めてSAFの輸入を開始し、国内航空会社への供給を行っています。これは、日本におけるSAFサプライチェーン構築の重要な一歩とされています。
さらにENEOSは、国内製油所でのSAF製造や、将来的な合成燃料由来SAFの開発も視野に入れた取り組みを進めています。既存の製油所設備を活用してSAFを製造できれば、新たな大規模投資を抑えながら国内供給体制を整えることができます。
引用元:ENEOS『SAF(持続可能な航空燃料)』
SAF普及の背景にある必然性
これらの事例から見えてくるのは、SAFが「環境に良いから使う」燃料ではなく、国際ルール・政策・産業競争力を背景に、実装が進む必然性の高い燃料だという点です。
欧州連合(EU)では、2025年から空港で給油される燃料に一定割合のSAF混合を義務付ける規制が始まります。日本や他の国々も、国際競争力を維持するために、SAFの供給体制整備を急いでいます。航空会社にとって、SAFへの対応は「やるかやらないか」ではなく、「どう対応するか」の問題になっているのです。

水素・アンモニア
燃焼時にCO₂を出さない水素とアンモニアは、「究極のクリーン燃料」として注目されています。しかし、その評価には重要な前提条件があります。
「燃焼時CO₂ゼロ」の意味と限界
カーボンニュートラル燃料の文脈で、水素やアンモニアも頻繁に登場します。これらは燃焼時にCO₂を排出しないため、「究極のクリーン燃料」のように語られることもあります。
しかし、政策資料では一貫して、重要なのは製造方法であると強調されています。水素もアンモニアも、自然界にそのまま存在するわけではなく、何らかの方法で「作る」必要があるからです。その製造過程で大量のCO₂が出ていれば、燃焼時にCO₂が出なくても意味がありません。
水素の種類と評価
水素は、製造方法によって以下のように区分されます。グレー水素は化石燃料由来で、CO₂排出があります。これは現在、世界で流通している水素の大部分を占めています。ブルー水素は化石燃料由来ですが、製造時に発生するCO₂を回収・貯留します。そしてグリーン水素は、再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して製造されます。
脱炭素の文脈で中心になるのは、グリーン水素です。ただし、現時点ではグリーン水素の製造コストは非常に高く、世界的にも供給量は限定的です。そのため、当面はブルー水素も含めた多様な選択肢を組み合わせながら、段階的にグリーン水素へ移行していくというシナリオが描かれています。
アンモニアの可能性と課題
アンモニアは、水素と窒素から合成され、燃焼時にCO₂を排出しません。化学式NH₃で表されるこの物質は、水素を運ぶ「キャリア」としても、直接燃料としても利用できる点で注目されています。水素は気体で扱いにくいのに対し、アンモニアは比較的容易に液化できるため、輸送や貯蔵がしやすいという利点があります。
発電・船舶分野などでの利用が検討されており、日本では既に石炭火力発電所でアンモニアを混焼する実証実験も始まっています。
ただし、アンモニアも原料となる水素の製造方法次第で、ライフサイクル排出量が大きく変わります。また、アンモニアは強い刺激臭があり、毒性もあるため、取り扱いには注意が必要です。さらに、燃焼時にはCO₂は出ませんが、NOx(窒素酸化物)が発生するため、その対策も課題となっています。
カーボンニュートラル燃料に関するよくある誤解
カーボンニュートラル燃料については、いくつかの典型的な誤解があります。正しく理解するために、ここで整理しておきましょう。
「CO₂ゼロ」という誤解
カーボンニュートラル燃料は、しばしば「CO₂ゼロ燃料」と誤解されますが、政策資料では一貫して、「ネットゼロを目指す概念」であると整理されています。
よくある誤解の一つ目は、「燃やしてもCO₂が出ない」というものです。実際には、水素とアンモニアを除く多くの燃料は燃焼時にCO₂を排出します。重要なのは、そのCO₂が新たに大気中に追加されたものかどうかです。植物由来なら「吸収した分を戻している」、合成燃料なら「回収した分を戻している」という整理になります。
二つ目の誤解は、「カーボンニュートラルなら化石燃料を使い続けてよい」というものです。カーボンニュートラルは、「排出削減を最大限行ったうえで、残る排出をどう扱うか」という考え方です。化石燃料依存を正当化する免罪符ではない、と整理されています。
LCA(ライフサイクル評価)の重要性
真にカーボンニュートラルかどうかは、原料調達・製造・輸送・利用までを含めた評価で判断されます。これをLCA(Life Cycle Assessment:ライフサイクルアセスメント)と呼びます。
たとえば、バイオ燃料でも、原料を栽培するために森林を切り開いていたら、トータルではCO₂排出が増えてしまいます。合成燃料でも、製造に使う電力が石炭火力由来なら、削減効果は限定的です。
ここを曖昧にしておくと、過大評価や失望につながりかねません。「カーボンニュートラル燃料だから良い」ではなく、「どう作られ、どう使われるか」まで含めて評価する視点が重要です。しっかりと押さえておきましょう。
今後の展望
カーボンニュートラル燃料は、これからどのように普及していくのでしょうか。政府資料や企業のロードマップから見える将来像を整理します。
カーボンニュートラル燃料の位置づけ
カーボンニュートラル燃料の将来について、政府資料や企業のロードマップを総合すると、共通した見方が浮かび上がります。
それは、「すべてを解決する万能な主役ではないが、特定分野では不可欠」という位置づけです。ですから、その役割は、分野によって大きく異なります。脱炭素社会の実現には、電化、再生可能エネルギー、省エネルギー、そしてカーボンニュートラル燃料など、複数の選択肢を適材適所で組み合わせることが必要なのです。
分野別の展開シナリオ
カーボンニュートラル燃料は「一斉に広がる」のではなく、分野ごとに、速度も規模も異なる形で浸透していくと考えられています。
航空分野では、SAFが中長期的に不可欠な選択肢として位置づけられています。国際民間航空機関(ICAO)の枠組みや各国の政策により、SAFの導入は制度的にも後押しされており、需要が一定程度"見えている"分野です。2030年代には世界的にSAF需要が急拡大すると予測されています。
海運・産業分野では、水素・アンモニア・合成燃料・バイオ燃料など、複数の燃料が競合・併存する可能性が高いとされています。燃料価格、国際ルール、供給インフラの整備状況によって、最適解が分かれる領域です。たとえば、近距離航路の小型船舶では電動化、中距離では水素、長距離ではアンモニアといった使い分けも検討されています。
自動車分野では、乗用車は電動化が主流になる一方で、既存車両の排出削減や特定用途では、合成燃料やバイオ燃料が補完的な役割を果たす可能性が示唆されています。商用車や建設機械など、電動化が難しい分野での活用も視野に入っています。
将来性を左右する3つの要因
カーボンニュートラル燃料の将来性を左右する要因は、燃料そのものの技術性能だけではありません。
第一に、再生可能エネルギーをどれだけ安定的に確保できるかという点です。特に合成燃料やグリーン水素の製造には、大量のクリーン電力が必要となります。日本のような再エネ資源に限りがある国では、オーストラリアや中東など、太陽光や風力が豊富な地域で製造し、それを輸入するという国際的なサプライチェーンの構築も検討されています。
第二に、CO₂回収(CCUS)や燃料製造のインフラをどこまで整備できるかという点です。製造設備だけでなく、輸送・貯蔵・供給までを含めた一貫したサプライチェーンの構築が求められます。たとえば、CO₂を大気から直接回収する技術(DAC)はまだコストが高く、実用化には技術革新とインフラ投資の両方が必要です。
第三に、国際的なルール・認証・価格制度がどう設計されるかという点です。持続可能性の基準や、カーボンクレジットの扱い、国際間の認証制度の統一などが、普及の鍵を握ります。ある国で「カーボンニュートラル」と認められた燃料が、別の国では認められないという事態になれば、国際的な流通は困難になります。
現実的な将来像
こうした整理を踏まえると、カーボンニュートラル燃料の将来像は、次の言葉に集約できます。高価で、万能ではない。しかし、特定の分野では欠けると成立しない。
カーボンニュートラル燃料は、脱炭素の"主役"ではありません。けれど、電化だけでは到達できない地点へ、社会を押し出すための不可欠なピースです。その価値は、燃料そのものの性能以上に、どの分野に、どの条件で、どの程度使うかという設計の巧拙によって決まっていくでしょう。
2030年代にかけて、航空や海運などの分野から段階的に導入が進み、技術革新とコスト低減が進めば、2040年代以降により広範な用途への展開も期待できます。ただし、それは「自然に広がる」のではなく、政策的な後押し、技術開発への投資、国際的な枠組みづくりなど、多面的な取り組みがあってこそ実現するものです。
まとめ
この記事では、カーボンニュートラル燃料について、定義から、合成燃料・バイオ燃料・SAF・水素/アンモニアといった主要な選択肢、それぞれの仕組みと課題、そして将来の位置づけまでを見てきました。
カーボンニュートラル燃料は、決して万能ではありません。高価で、制約も多く、導入には時間がかかります。それでも、電化だけでは届かない場所に手を伸ばすためには、欠かすことのできないピースでもあります。
脱炭素は、技術の話であると同時に、選択と設計の話です。カーボンニュートラル燃料を「過度に期待しないこと」、そして「正しく理解したうえで使いどころを見極めること」。その積み重ねが、現実的で持続可能なカーボンニュートラル社会への道を形づくっていくのではないでしょうか。
私たち一人ひとりができることは限られているかもしれません。しかし、こうした燃料の存在と役割を理解し、企業や政策の動きに関心を持つことも、大きな一歩です。脱炭素への道は一本道ではなく、多様な選択肢を組み合わせた複雑な道のりです。その全体像を理解することが、これからの社会を考えるうえで重要になっていくでしょう。