GXの現在と未来を俯瞰する

「環境共生をめざすリテーラー」—— J.フロントリテイリングに学ぶ脱炭素経営戦略②

「環境共生をめざすリテーラー」—— J.フロントリテイリングに学ぶ脱炭素経営戦略②

【インタビュー対象者紹介】

J.フロント リテイリング株式会社 経営戦略統括部 グループ経営企画部 サステナビリティ推進担当

藤本 礼望(写真左側)    

小林 純子(写真右側)

本連載では、百貨店の大丸・松坂屋やショッピングセンターのパルコを中心に、リテール事業や不動産事業等を展開するJ.フロントリテイリンググループ(以下、JFRグループ)のサステナビリティへの取り組みを2回にわたってお届けしています。第1回では、JFRグループが脱炭素経営に舵を切った背景とその取り組みにおける工夫をご紹介しました。第2回となる今回は、同社がサプライヤー253社を集めた説明会の舞台裏や、「共に歩む」エンゲージメント戦略について詳しく見ていきます。

目次

Scope3排出量削減におけるサプライヤーとの協働体制

ーーJFRグループのGHG排出量削減においては、どのような難しさがあるのでしょうか。

「当社グループは、2050年までのバリューチェーン全体でのネットゼロ達成をめざしています。主軸となる百貨店事業は、ものづくりではなく、すでに出来上がった商品を仕入れ販売する業態ですが、取引企業は多業種、販売商品は多岐にわたります。そのため、当社のScope3排出量のうち90%以上はカテゴリ1(調達した製品・サービス)が占めています。カテゴリ1は自社努力による削減が難しく、バリューチェーン全体で協働した削減が必要です。その際、一方的に高い要求を押し付けるのではなく、まずは算定をしてみよう、それができたら目標を立ててみよう、といったように、相手の状況に寄り添っていくかたちでお取引先様とのエンゲージメントを進めるようにしています。」

ーーなるほど。サプライヤーエンゲージメントの観点でいうと、お取引先様説明会を開かれているそうですが、2022年実施時には253社もの取引先が参加されたそうですね。

「2019年、2022年に実施したお取引先様説明会では、主要取引先を中心にたくさんのお取引先様に参加いただきました。こちら側からもMDコンテンツ開発部門やバイヤーも参加し、コミュニケーションをはかっています。今後も、定期的に開催し、取り組みを継続していきます。」

「参加企業の方からはさまざまな声が上がります。先進的な取り組みをされているラグジュアリーブランドの社長からは『うちの会社はこういう思いで取り組んでいます』といったコメントをいただきました。一方、別の企業の社長からは『算定は難しそうなので、ご支援いただけると嬉しいです』という声も聞かれます。さまざまな立場の意見交換ができる場になっています。」

お取引様行動原理の説明会

お取引先様行動原則説明会(2019年)

お取引様説明会の様子

脱炭素社会の実現に向けたお取引先様説明会(2022年)

ーーScope3排出量の削減に関して、工夫している点はありますか。

「Scope3削減への取り組みは、アパレルや食品関連の取引先ではまだ排出量を算定している会社が少ないのが現状です。カーボンフットプリントによる実測値での把握は将来的な課題として、まずは算定する会社を増やすことが第一歩だと考えています。そのため、私たちが排出量開示における牽引役を担い、取引先との関係構築に努めています。これまで、Scope3のデータ管理については、Excelで行っていましたが、2024年度の算定からはシステム化を進めています。そうすることで、取引先から集めた一次データを効率的に管理し、分析できる体制を整えつつあります。」

「これからは取引先にも一緒に使ってもらえるようなシステムの導入を検討しており、バリューチェーン全体で排出量の把握と削減を効率的に進めていきたいと考えています。」

 ーーインターナルカーボンプライシング(自社内で炭素に価格をつけて、脱炭素を促す仕組み)も導入されているそうですね。

「はい。インターナルカーボンプライシングを再生可能エネルギーの調達やPPA(電力購入契約)を検討する際の参考情報として活用しています。経営陣に提案する際、CO2排出量もコストとして考えると、環境投資の意思決定がしやすくなります。」

サステナビリティについて語る担当者

環境配慮型の商品開発と顧客の意識変化

ーー環境によいものを優先的に仕入れていこう、といった動きはあるのでしょうか。

「そうですね。各バイヤーが担当のフロアやスペースを環境に配慮したかたちで運営したいという思いで商品選定を行っています。しかし、環境によいものをバイヤーが仕入れたとしても、結局それがお客様に響かなければ購入にはつながりません。この点は私たちも苦労しているところです。」

「ただ、百貨店に来られるお客様は環境意識が高い傾向があります。百貨店の商品に求められる品質や安全性は元々高いレベルにあるので、環境配慮型商品への理解も得やすい土壌があります。しかし、より多くのお客様に環境に配慮した商品を買っていただくためには、『環境によいだけ』ではなく、『かっこいいから欲しい』『ワクワクするから欲しい』と思ってもらえるようにしていく必要があります。価値観は多様化していますが、人々の心を動かすものを提供することが百貨店の役割だと考えています。サステナビリティを基盤に据えながら、ワクワクする場を提供し続けたいと思います。」

ーーAnotherADdress(大丸松坂屋百貨店が提供するファッションサブスクリプションサービス)はその理念をそのまま実現させたようなサービスですね。

「『AnotherADdress』は、多くのお客様にご登録いただいております。こうした事業を通して、お客様の環境に対する意識の変化を実感しています。」

「お客様に環境貢献度を実感してもらえるよう、カーボンフットプリントに取り組み、衣服1枚を1回レンタルする際の温室効果ガス排出量の定量化も試みています。それを7つのステージ別で可視化し、ファッションサブスクリプションで毎月自由にファッションを楽しむ中で自然とアクションポイントが貯まる”“AAD SUSTAINABILITY ACTION”もスタートしました。」

Add sustainability actionの説明

特設サイト:https://www.anotheraddress.jp/sustainability

ーー百貨店の店舗ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。

「店頭では『エコフ』という取り組みを行っています。お客様から不要な衣料品や靴、バッグを回収し、持ってきてくださった方にはサービスチケットをお渡しして商品を購入していただくというものです。年2回のキャンペーンのほかに、回収ボックスを常設している店舗もあります。この活動は、お客様が自然と環境活動に参加するきっかけになりながら、同時に店舗にも足を運んで頂けるサービスとなっています。」

サステナビリティに取り組む消費者

回収の様子

画像引用元:https://dmdepart.jp/ecoff/report/report_20210201.html

まとめ:百貨店から学ぶサプライチェーン巻き込みの秘訣

J.フロントリテイリングの取り組みから、サプライヤーを巻き込んだ脱炭素経営を進めるためのいくつかの重要なポイントが見えてきました。

1. 「共に歩む」姿勢の徹底

○ 取引先に一方的に要求するのではなく、段階的なステップアップを提案

○ 小さな会社にも配慮しつつ、一緒に成長していく関係性の構築

2. 対話の場の創出

○ 253社を集めた説明会など、多様な立場の声を交わす機会の提供

○ トップ同士の対話により、経営層の理解と決断を促進

3. 現実的なステップ設定

○ まずは「算定」から始め、次に「目標設定」、そして「削減」へと段階的に進行

4. バリューチェーンの中心としての強みの活用

○ 「繋ぐ力」を活かし、作り手と消費者の橋渡し役になる

○ 環境配慮型商品の価値を消費者に伝える努力

5. 魅力と環境配慮の両立

○ 「我慢の選択」ではなく「ワクワクする選択」として環境配慮型商品を提案

○ 顧客の環境意識を活かしながら、新たな価値提供を目指す

JFRグループの事例は、多様な取引先を持つ企業が脱炭素経営を進める上で参考になる点が多いと言えるでしょう。特に「押し付けない」「共に進む」というスタンスは、長期的な協力関係を構築する上で重要なポイントです。

また、環境課題への取り組みは「コスト」ではなく「価値」であるという認識を社内外に浸透させることで、ビジネスとしての持続可能性も高めています。「先義後利」の精神を現代に活かし、環境と経済の両立を実現する挑戦は、業種を超えて多くの企業の参考になるのではないでしょうか。

J.フロントリテイリングの脱炭素への取り組みは、これからも進化し続けるでしょう。トップの強い決断、全社への浸透、そして取引先との協働の輪が広がることで、小売業における脱炭素経営の新たなモデルとなることが期待されます。


この記事は、J.フロントリテイリングのサステナビリティ推進担当へのインタビューを基に作成しています。