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「環境共生をめざすリテーラー」— J.フロントリテイリングに学ぶ脱炭素経営戦略①

「環境共生をめざすリテーラー」— J.フロントリテイリングに学ぶ脱炭素経営戦略①

【インタビュー対象者紹介】

J.フロント リテイリング株式会社 経営戦略統括部 グループ経営企画部 サステナビリティ推進担当

 小林純子(写真右)

 藤本礼望(写真右から2番目)

製造業ではCO2削減が取引の差別化につながる——これは想像しやすいでしょう。でも、百貨店のような小売業では「脱炭素」と「ビジネス」の接点が見えにくいかもしれません。

ではなぜ、J.フロントリテイリンググループ(以下、JFRグループ)は業界に先駆けて脱炭素経営に取り組み、気候変動対策の評価における世界的な枠組みであるCDPで最高評価を得るまでになったのでしょうか?

今回は、百貨店の大丸・松坂屋やショッピングセンターのパルコを中心に、リテール事業や不動産事業等を展開するJFRグループのサステナビリティ推進担当の方々へのインタビューを通して、同社がどのようにして脱炭素経営に舵を切り、全社に浸透させていったのかを2回の連載記事にて紐解いていきます。

目次

JFRグループの脱炭素に向けた第一歩

ーーJFRグループの脱炭素への取り組みは、どのように始まったのでしょうか。

「当社の脱炭素への取り組みは、2018年にESG推進部が発足したことから始まりました。現在のサステナビリティ推進担当は、ESG推進部を発展させてできたものになります。部署立ち上げ当初に、なぜ脱炭素やサステナビリティに取り組む必要があるかについて活発に議論を重ねました。そこからマテリアリティ(企業が優先して取り組む重要課題)を設定し、「脱炭素社会の実現」を最重要課題と位置づけたことで、脱炭素経営に舵を切る流れになりました。当時の社長が海外の投資家と対話をする中で、ESGの重要性を痛感することが多かったことも、経営課題として取り組む決断をする契機となりました。」

「元々、私たちの事業の根幹には『先義後利』という、百貨店が長年大切にしてきた価値観(社是)があります。これは世の中にとってよいことをしていれば後から利益もついてくるという考え方で、300年、400年という永い歴史の中で脈々と引き継がれてきたものです。この価値観こそがJFRのサステナビリティの根幹であるという認識でしたので、脱炭素への取り組みも、急に始めたというより、これまで大事にしてきた精神をもとにした活動の実践として取り組むことができています。」

一筋縄ではいかない全社浸透の道のり

ーーどのように会社全体で脱炭素の取り組みを進めたのでしょうか。

「トップが決断しても、それを社内に浸透させることには大きなハードルがあります。特に、なぜ脱炭素に取り組むのか、それがどう売上に直結するのかという関係者の疑問に答えていく必要があります。JFRグループでは、『サステナビリティ委員会』を年に2回開催していますが、全事業会社の社長も委員として参加し、情報共有や議論を行うとともに、グループが今後取り組むテーマなどについて外部識者と対話するなど、理解を深めることも行っています。」

サステナビリティ推進部の様子

第14回 サステナビリティ委員会の様子

「サステナビリティ関連の新しいテーマに対して企業の対応が必要になることが年々増えていますが、会社として取り組むには、まず経営陣の理解が必要と考え、なるべく早い段階から着手するよう努めています。例えば、TNFD(企業の自然関連リスクと機会を把握・開示する国際的な枠組み)については、2024年の有価証券報告書での開示やTNFDレポート発行に向けて、時期を逆算して経営陣向けの勉強会を開催しました。」

ーーなぜ経営層や事業会社のトップに理解を深めてもらうことが重要なのでしょうか。

「脱炭素化を本気で進めるには、どれだけ現場や専門部署が頑張っても、経営陣からの強いトップメッセージがなければ、会社全体としての推進力にはなりにくいのが現実です。だからこそ、私たちはまず経営層に理解を深めてもらうことから始め、そこから社内全体への浸透を図っています。」

サステナビリティ組織図の様子

JFRグループ サステナビリティマネジメント体制

脱炭素の取り組みによる企業価値の向上

ーー脱炭素の取り組みを始めて約7年、社内での意識の浸透度合いや、社外からの評価の変化について感じることはありますか。

「社外の点でいうと、『サステナビリティを推進している会社に入りたい』、『環境によい活動をしたい』といった理由で、JFRグループに興味を持ってくださる新卒の学生さんが増えているように感じます。そういった声を聞くと、2018年から先んじて取り組んできたことが、ようやく形になって、評価してもらえるようになったと感じます。やはり、サステナビリティが成果につながるまでにはどうしても時間差があるので、やっと成果が見えてきたことで、会社全体でサステナビリティの重要性の理解がより一層進んだと思います。」

ーー意識を浸透させるにあたって、どのような工夫をされているのでしょうか。

「これまでは『脱炭素社会の実現』というマテリアリティを設定していましたが、2024年からの中期計画では『環境と共に生きる社会をつくる』という表現に変更しました。これは脱炭素の取り組みについて、社員みんなが自分たちを主語にして語れるようになってほしいという思いからです。社員一人ひとりに、私たちがそういう社会を作るんだという意識を持ってもらいたいと考えています。」

サステナビリティについて語る担当者

組織改革による全社的な推進体制へ

ーー2025年にJ.フロントリテイリングはサステナビリティ推進体制を大きく変更されていますが、どのような目的で組織改革が行われたのでしょうか。

「2025年3月1日から、新しい組織体制となりました。これまでは主要事業会社である百貨店やパルコにはサステナビリティの専門部署がありましたが、今回それらをJ.フロントリテイリングのサステナビリティ専門部署に集約しました。グループで社内浸透などの取り組みをより一体的に進めていくのがねらいです。」

「ホールディングスの役割は、サステナビリティに関する方針や方向性を示し、グループ会社全体での高い目標設定をすることです。各事業会社の社長にしっかりグループの長期的な目標を理解してもらい、そのうえで具体的にどのように推進していくかの判断は各事業会社にお任せしています。ただ、全社として目標を達成できるよう、サステナビリティ委員会などでモニタリングもしっかり行っています。」

まとめ:百貨店から学ぶ脱炭素推進のポイント

J.フロントリテイリングの事例から、脱炭素経営を全社に浸透させるためのいくつかの重要なポイントが見えてきました。

  • 経営層の強いコミットメントとトップメッセージの発信
  • サステナビリティ委員会や勉強会を通じた経営陣・事業会社トップの理解促進
  • マテリアリティ(重要課題)の明確化と全社共有
  • サステナビリティ推進部門の集約によるグループ一体的な推進体制の構築
  • 社員が自分ごととして語れるような目標設定

JFRグループの取り組みは、単に「上から言われたからやる」のではなく、経営層から一般従業員まで、それぞれのレベルで「自分ごと化」することの重要性を教えてくれます。また、成果が表れるまでには時間がかかることを理解し、長期的な視点で取り組む粘り強さも必要です。

次回は、J.フロントリテイリングがどのようにしてサプライヤー250社を巻き込み、協力体制を構築していったのかについて詳しく見ていきます。百貨店という多様な取引先を持つ業態ならではの苦労と工夫をご紹介します。お楽しみに!


この記事は、J.フロントリテイリングのサステナビリティ推進担当へのインタビューを基に作成しています。