小型分散型DACの実用化事例
——Carbon Xtract社のDAC技術はどのような導入方法があるのでしょうか。
いくつかの分野で実証実験や実装が始まっています。特に力を入れているのが農業分野です。また、ビル環境の改善にも取り組んでいます。大阪・関西万博の会場では、一般の方々にもDAC技術を知っていただくための展示も行っています。
——なぜ農業分野に注力されているのでしょうか。
農業はCO₂を有効活用できる代表的な分野だからです。植物は光合成によってCO₂と水から糖を作り、その糖が植物の成長や実の甘さなどに繋がります。大気よりも高い濃度のCO₂を与えることで、植物の成長が促進され、収穫量が大幅に増加することが知られています。
農業分野でのCO₂活用と収穫量アップ
——具体的に、CO₂は農業においてどのように活用されているのでしょうか。
植物の光合成を促進するために、ハウス栽培などでCO₂を大気よりも高い濃度で供給する「CO₂施用」という技術があります。イチゴやトマトなどの作物では、適切にCO₂を施用することで収穫量が2~3割も増加することが確認されています。
オランダなどではすでに広く普及している技術ですが、日本国内での導入率は5%にも満たない状況です。ただし、今後の日本農業の課題である高齢化や担い手不足を考えると、単位面積あたりの収穫量を増やすことが重要になるため、国としても導入を促進したい技術の一つとなっています。
——現在のCO₂施用にはどのような課題があるのでしょうか?
現状では、ハウスの横で灯油やLPガスを燃やしてCO₂を発生させる方法や、外部から炭酸ガスボンベを購入して供給する方法が主流です。前者は環境負荷が高く、後者はコストや安定供給の面で課題があります。Carbon Xtract社のDAC技術は、これらの課題を解決しながら、環境にも優しい形でCO₂を供給することができます。
ビル環境の改善とエネルギー消費削減の両立
——ビル環境においてもDAC技術が活用できるとのことですが、どのような取り組みなのでしょうか。
ビルの室内環境管理において、CO₂濃度の制御は重要な課題です。CO₂濃度が高くなると人間は眠気や頭痛を感じるため、ビル管理法ではCO₂濃度を0.1%以下に抑えることが定められています。現在は外気との換気によってCO₂濃度を下げる方法が一般的ですが、これには大きなエネルギーコストがかかっています。
ビルでは単位時間当たり複数回の換気が行われています。しかし、夏場や冬場には、外気温と室内温度の差が大きいため、換気のたびに空調エネルギーが大量に消費されます。特に日本の夏のような高温多湿の環境では、外気を冷やして湿度を下げるのに膨大なエネルギーが必要です。
——Carbon Xtract社はどのような解決策を提案しているのでしょう。
ビル内にm-DAC®装置を設置することで、室内の空気からCO₂だけを選択的に除去するというアプローチです。これにより、換気の頻度を減らすことができ、空調エネルギーの大幅な削減が期待できます。また、回収したCO₂は都内の植物工場などで再利用するという循環モデルも構想しています。
大阪・関西万博での展示と社会実装
——大阪・関西万博ではどのような展示を行われていますか。
JR西日本とスパイスキューブ社(植物工場のスタートアップ企業)と協力して、大阪・関西万博期間中にDAC技術のデモンストレーションを行っています。JR弁天町駅(万博会場となる夢洲への乗換駅)の改札を出たところに、実際にCO₂回収装置とそのCO₂で育つハーブ野菜の展示を設置しています。
展示を通して一般の方々にDAC技術を身近に感じてもらい、その仕組みや意義について理解を深めていただければと思っています。万博期間中はJR車両内のサイネージでも関連動画が放映され、「McDAC™(マクダック™)」というキャラクターを通じて親しみやすく技術を紹介します。

プロモーションキャラクター「McDAC™(マクダック™)」
——万博会場のパビリオンでも展示があるのでしょうか。
はい、カーボンリサイクルファクトリーというパビリオンにおいて、九州大学の藤川先生たちの技術展示も行われています。そこでは「未来のキッチン」をテーマに、大気中からCO₂を回収してメタンを生成し、それを都市ガスの代替として利用する未来の姿が示されます。

JR弁天町駅へ設置された植物工場の展示
Carbon Xtract社の事業展開
——全農との共同開発プロジェクトについて教えてください。
全国農業協同組合連合会(全農)との共同開発プロジェクトでは、農業用のDAC装置の開発と実証実験を進めています。全農の持つ組合ネットワークと、三菱UFJグループのファイナンス機能を活用し、小型DAC技術を日本全国の農家に広げていくことを目指しています。
——九州地域での取り組みについても聞かせてください。
九州電力、農研機構、九州大学と連携して、九州地域のイチゴ栽培におけるオール電化を進めるプロジェクトも展開しています。ビニールハウス農業では、暖房用の重油ボイラーがCO₂排出の最大要因ですが、これをヒートポンプに置き換え、CO₂施用装置もDACに切り替えることで、農業のカーボンニュートラル化を目指しています。
——九州地域で特にこの取り組みを進める理由はありますか。
九州は農業が盛んです。特に施設園芸ではトマトやイチゴは国内有数の収穫量を誇る県が多々あります。また、九州地域は再生可能エネルギー、特に太陽光発電が盛んで、夏場には発電量の約3割が出力抑制の対象になっています。この余剰電力を安価に農業用のヒートポンプやDAC装置に活用することで、環境にやさしく、かつコスト効率の良い農業を実現できる可能性があります。
未来のビジョン - 誰もが当たり前にCO₂を回収・活用する社会
——Carbon Xtract社が描く未来像はどのようなものでしょうか。
一部の先進的な企業だけでなく、企業の大小を問わず、そして最終的には個人レベルでも当たり前にCO₂を大気中から回収して脱炭素に貢献できる社会を目指しています。そして単にCO₂を減らすだけでなく、回収したCO₂に新たな価値を持たせて資源として活用する循環型社会の実現が最終的なゴールです。
将来的には家庭用の小型装置も視野に入れています。たとえば炭酸水が水道から出てくるような世界や、キッチンでDAC装置を使って回収したCO₂からメタンを作り、それを料理に使うという未来も構想しています。飲料メーカーからの問い合わせも多くいただいており、家庭や飲食店などでの炭酸水製造にDAC技術を活用する可能性も探っています。
——最後に、読者へのメッセージをお願いします。
日本の、特に九州大学発の世界トップレベルの素材技術を、できるだけ早く社会実装することで、世界全体の社会課題解決に貢献していきたいと考えています。大学の研究成果を実用的なビジネスモデルに変換し、社会で広く使われるものにしていくために、今後もさまざまな分野の企業や組織との協力を進めていきます。今後の展開にぜひご期待ください。
Carbon Xtract社のDAC技術は、CO₂を「資源」へと変え、その地産地消を可能にする革新的なアプローチを提供しています。次世代の脱炭素技術として、そして日本発の技術イノベーションとして、その今後の展開が注目されます。