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大気中のCO₂が資源に変わる! 〜Carbon Xtract社が切り拓くDAC技術の新時代①

大気中のCO₂が資源に変わる! 〜Carbon Xtract社が切り拓くDAC技術の新時代①

【インタビュー対象者紹介】

森山 哲雄 Carbon Xtract株式会社 代表取締役社長

気候変動対策の一つとして注目される「DAC(Direct Air Capture)」技術。大気中のCO₂を直接回収する技術として期待されています。しかし、その実用化には多くの課題がありました。そんな中、日本発の革新的技術がその常識を変えようとしています。今回は、九州大学発のベンチャー企業Carbon Xtract株式会社の森山社長に、DAC技術の最新動向とその可能性についてお話を伺いました。

目次

そもそもDACとは何か?

——DACとはどのような技術なのでしょうか。

DACとは「Direct Air Capture(ダイレクト・エア・キャプチャー)」の略で、大気中のCO₂を直接回収する技術のことです。地球温暖化の主な原因とされるCO₂を大気から直接取り除くことができるため、脱炭素社会実現のための重要な技術として注目されています。

——なぜ今、DACが注目されているのでしょう。

地球温暖化対策として、CO₂の排出削減だけでなく、すでに大気中に放出されてしまったCO₂を積極的に回収する「ネガティブエミッション」の重要性が高まっているからです。特に産業構造の転換だけでは対応が難しい分野の排出をオフセットする手段としても期待されています。

従来型DACの限界点

——現在のDAC技術にはどのような課題があるのでしょうか。

従来型のDAC技術には大きく3つの課題があります。1つ目は大規模な設備が必要なこと。2つ目は高い熱エネルギーと大量の水を使用すること。そして3つ目は、特殊な化学溶液や吸着物質を使うため、人体等への影響を気にしなくてはならないことです。これらの要因により、設備が大きくならざるを得ず、設置場所も限られる為、建設・運用コストも非常に高くなっていました。

——具体的にはどのような仕組みで動いているのでしょうか。

従来型のDACは、特殊な化学溶液や吸着物質を使って大気中のCO₂を捕捉します。CO₂が溶液や吸着物質にくっついた後、それを分離するために高温の熱エネルギーを加えます。くっつきやすい物質ほど、分離するためにより多くのエネルギーが必要になるという課題があります。

——なるほど。多くのエネルギーが必要になれば、その分コストも掛かってきそうですね。

大規模なDAC工場の建設には、日本円で数百億から数千億円程度の費用がかかるとされています。そのため、多くの場合は政府の補助金や政策的支援が必要になります。実際に、アメリカではバイデン政権下でDACへの積極的な支援がありましたが、政治的な影響を受けやすいという不確実性も抱えています。これらの課題を解決するアプローチとして弊社が開発を進めるのが、膜を用いた小型分散型DAC技術です。

Carbon Xtract社が実現する革新的技術

——小型分散型DAC技術とはどんな技術なのでしょうか。

弊社では、九州大学で開発された世界トップクラスの「CO₂透過性膜」を用いた小型分散型DAC技術の社会実装を目指しています。この技術は、特殊な膜を使ってCO₂を選択的に透過させ、濃縮するというシンプルな仕組みです。私たちはこれを「m-DAC®」(membrane-based Direct Air Capture)と呼んでいます。

——従来技術と比べてどのような違いがあるのでしょう。

最大の違いは、特殊な化学溶液や高温の熱エネルギーが不要な点です。前述の通り、従来方式のDACでは、CO₂を吸着した後に高温で分離するプロセスが必要でした。それと比較すると、m-DAC®は基本的には真空ポンプで空気を引っ張り、そこに膜を設置するだけのシンプルな構造です。CO₂と親和性の高い特殊な膜材料を使うことで、CO₂を優先的に透過させ、濃縮することができます。この方式では加熱のためのエネルギーが不要で、水も使いません。極端に言えば、電源さえあれば砂漠でも高山でも海上でも、どこでもCO₂を回収できる技術なのです。

DAC技術について担当者が話す画像

——膜はどのようにCO₂だけを取り出すのでしょうか。

この膜には分子サイズの微細な孔(あな)が空いていて、CO₂分子が特異的に通過しやすい構造になっています。イメージとしては、例えば網目の細かいザルで砂利混じりの砂をふるうと、細かい砂だけが通過するように、空気中の分子をサイズや性質でふるいにかけるようなものです。この膜はCO₂分子との親和性が高いので、CO₂を優先的に通しやすい性質を持ちます。また、膜の裏側を弱い真空状態にするなどして、CO₂をどんどん吸い出す工夫も施しています。

大気中のCO₂は約0.04%と非常に少ないのですが、この膜を通すことで濃度を高めることができます。さらに膜を何段階か重ねて使うことで、徐々に数%から数十%まで濃縮度を上げる設計も原理的には可能です。

——膜の開発はどのように行われたのですか。

この高性能な分離ナノ膜は、九州大学の長年の研究成果です。膜素材の開発にはナノレベルの薄膜技術における最先端のノウハウが詰まっています。九州大学の研究チームとベンチャー企業のナノメンブレン社を中心としたコンソーシアムが開発に取り組んで来ました。近年は、商業化を見据えた量産プロセスも開発中です。この膜は従来のCO₂分離膜に比べても圧倒的にCO₂を通す能力が高く、それにより「空気のろ過でCO₂を回収する」という世界初の技術を実現しました。

——装置の大きさにはどんな特徴があるのでしょうか。

従来の化学吸着型DACは吸着剤を加熱するための装置が大型になりがちで、数十メートル四方のプラント設備が必要でした。しかしm-DAC®は膜を収めたモジュールとファンがあればいいので、非常にコンパクトな装置にまとめることができます。ラボに置いてある試作機は机の上に置けるサイズからスタートしており、将来的にはコンテナサイズや家庭用電化製品サイズまでスケーラブルな装置設計が可能となることを目指しています。

小型化の利点は、分散設置ができる点にもあります。大規模プラント一つだとそこにトラブルが起きた時のリスクが大きいですが、小さなモジュールを多数設置する形なら一部が故障しても全体の機能は維持できます。パソコンのサーバーの分散配置による冗長化を通じて障害耐性を高めるのと同じ考え方です。私たちは「いつでも、どこでも、誰でもCO₂を回収できる」ことを目標にしており、そのためには各所に気軽に設置できるコンパクトさが重要なのです。

——九州大学との関係はどのようなものなのでしょうか?

Carbon Xtract社は九州大学と双日株式会社が中心となって設立された会社です。九州大学で発明された基礎技術を社会実装するために、NEDOの「ムーンショット型研究開発事業」の成果を活用しています。大学の基礎研究成果を実用化に結びつける橋渡し役を担っています。現在も九州大学の研究チームと密接に連携しながら、膜の性能向上や実用化に向けた技術開発を進めています。

CO₂は廃棄物ではなく「資源」である

——分離されたCO₂にはどのような活用法があるのでしょうか。

CO₂は、単に「捨てられる」べき廃棄物ではなく、活用できる貴重な「炭素資源」です。Carbon Xtract社のビジョンは、「回収したCO₂に新たな価値を持たせ、世の中の人がいつでも、どこでも、誰でも脱炭素に貢献できながら、それを活用できる社会を作る」ことです。

Carbon Xtract社が構想するカーボンニュートラル未来図

Carbon Xtract社が構想する社会構造

——実際にCO₂はどのように活用されているのでしょう。

産業用途としては、炭酸飲料、ドライアイス、農業用のCO₂施用(炭酸ガス施用)などがあります。特に農業分野では、適切な量のCO₂を供給することで、イチゴやトマトなどの収穫量が2〜3割増加することが知られています。

実は、日本ではCO₂が資源として不足している現状があります。製油所やアンモニアプラントが減少したことによって、高純度なCO₂の供給源が減少しているのです。これまで産業用CO₂は、これらの施設から排出されるガスを濃縮・精製して生産されていました。しかし、供給不足により、CO₂を必要とする農家や産業用ユーザーが購入したくても買えない、または価格が高騰しているという状況が生じています。

地産地消型CO₂回収のメリット

——小型分散型DACのメリットについて教えてください。

最大のメリットは「地産地消」が可能になることです。CO₂を必要としている場所の近くで直接回収することで、輸送コストを削減し、CO₂の供給を安定させることができます。また、導入ハードルも低く、大規模DACのように数年から10年かかることもなく、数か月から1年程度で実装することができます。

——Carbon Xtract社の目指す未来像はどのようなものですか?

企業の大小を問わず、最終的には個人でも当たり前にCO₂を大気中から回収して脱炭素に貢献できる社会の実現です。それと同時に、回収したCO₂を新たな資源として活用する循環型社会を目指しています。日本発の世界トップレベルの素材技術を社会実装することで、世界の環境問題解決に貢献したいと考えています。

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次回【後編】では、Carbon Xtract社の具体的な実装事例や、農業、ビル環境改善、万博での展示など、多様な分野での取り組みについて詳しくご紹介します。小型分散型DAC技術が切り拓く可能性にご期待ください。