グローバルサウス支援の意義
気候変動問題において、産業発展は主に北半球の先進国が牽引してきた一方で、その影響を大きく受けるのは南半球の国々です。こうした状況を踏まえ、経済産業省では東南アジアを含む新興国への支援を重要課題として位置づけています。特に、日系企業のサプライチェーンが集中するアジア地域では、グリーン化やデジタル化を通じた強靭化が事業継続の観点から重要性を増しています。
タイはその中でも特に注目される地域です。日系自動車メーカーをはじめとする製造業の重要な生産拠点として、サプライチェーン全体での脱炭素化ニーズが高まっているためです。さらに、EUの新たな規制である炭素国境調整措置(CBAM)の影響も予想される中、現地企業の対応力強化は待ったなしの課題となっています。

実践的な研修プログラムの展開
本プログラムは2024年10月から2025年1月 にかけて実施されました。特徴的なのは、座学とeラーニング、そして実地研修を組み合わせた実践的なアプローチです。研修会場として選ばれたのは、SIMTECと呼ばれるバンコク近郊の研修施設。ここは工場の自動化システムやライン作業の実践的なトレーニングを行う場として知られており、製造業の人材育成に最適な環境が整っています。
カリキュラムは4社の専門性を活かした構成となりました。まず当社が脱炭素の背景や世界の動向、企業に求められる対応について講義を行い、続いてゼロボード社がGHGプロトコルに基づく排出量の算定方法を解説。その後、Act to Zero Institution Co.,Ltd. が工場における省エネの実践ポイントを指導し、最後にFD社が太陽光発電導入による再エネ調達の具体的方法を提示しました。

現場から寄せられた声|理論と実践の架け橋
研修を通じて、参加企業からは具体的な課題や疑問が数多く寄せられました。特に印象的だったのは、CDPへの対応に関する質問です。参加者からは「具体的にどのような質問に対応する必要があるのか」という基本的な疑問が投げかけられ、実際のCDPのグローバルウェブサイトを確認しながら、約100問に及ぶ質問内容を具体的に解説していきました。
また、CDPへの自主的な回答の意義についても活発な議論が交わされました。プライム市場上場企業以外にも自主的に回答を行う企業が増えている背景には、取引先との関係強化という重要な意図があります。CDPに回答している大企業にとって、同じ枠組みで情報開示を行うサプライヤーの存在は、サプライチェーン全体のリスク管理において大きな安心材料となるためです。
実務者が直面する現実的な課題
参加企業から寄せられた質問の中で、特に切実だったのがscope3の算定に関する課題です。取引先企業のCO2排出量を把握する必要がある一方で、電気使用量などの具体的なデータを入手することが難しい。この課題に対しては、取引金額ベースでの概算など現実的な対応方法を提示しつつも、より正確な把握の重要性について説明を行いました。
というのも、取引金額ベースでの算定では、実際の省エネ努力が数値に反映されにくいという問題があるためです。例えば、工場での省エネ施策による削減効果も、取引金額が変わらなければ算定上は評価されません。このため、可能な限り実際のエネルギー使用量に基づく算定を目指すべきとの理解を深めていきました。
この点を具体的に理解してもらうため、完成車メーカーの事例も取り上げました。例えばトヨタ自動車の場合、2022年実績でscope1が2.37百万トン、scope2が2.87百万トンであるのに対し、scope3は購入した製品・サービスだけで110百万トン、製品の使用段階で439百万トンと、圧倒的な規模となっています。
脱炭素経営の社内推進体制づくり
「脱炭素経営に向けた社内の推進体制について、どの程度の役職者が関与すべきか。」この質問には、多くの参加者が共感を示しました。自身が脱炭素の必要性を理解しても、社内の大多数がその意義に疑問を持つ中で、いかにして取り組みを推進していくか。
この課題に対しては、取締役レベルの責任者に明確なインセンティブを設定し、トップダウンでの推進体制を構築することを提案しました。実際、CDPにおいても、こうしたガバナンス体制の構築が高く評価されています。また、各工場や製造ラインでのエネルギー使用状況を正確に把握・記録する体制づくりも、脱炭素経営の基盤として重要です。

プログラムの成果|数字で見える変化の実現
2025年1月に開催された成果発表会では、参加企業5社それぞれが具体的な成果を報告しました。特筆すべきは、全ての企業が具体的な削減目標を設定し、その達成に向けたロードマップを描けたことです。

さらに印象的だったのは、脱炭素への取り組みを「投資」ではなく「コスト」 として捉える視座が醸成されたことです。参加企業の試算によると、省エネ施策の実施により年間数千万円規模のエネルギーコスト削減が見込めることが明らかになりました。この「環境と経済の両立」という具体的な成果は、社内での取り組み推進において強力な後ろ盾となるはずです。

インターナルカーボンプライシングの実践へ
研修の終盤では、インターナルカーボンプライシング(ICP)の意義についても理解を深めました。CO2排出量の削減にかかるコストを定量化することで、設備投資の判断基準が明確になります。例えば、一見高額に思える投資でも、CO2削減量あたりのコストで評価すれば、実は効率的な対策だと判断できるケースもあります。
業種別の特徴と対応戦略
製造業の中でも、業種によって脱炭素への取り組み方は異なります。例えば、自動車部品メーカーの場合、scope3のカテゴリー1(購入した製品・サービス)の比重が大きくなる傾向にあります。一方、保険会社やコンサルティング会社などのサービス業では、オフィスでの電力使用(scope2)や従業員の通勤・出張(scope3)が主要な排出源となります。

こうした業種特性を踏まえた上で、それぞれの企業に適した削減戦略を立案していく必要があります。例えば、製造業であれば原材料調達先との協働や輸送方法の見直しが重要になりますし、小売業であれば店舗の省エネ化や冷凍・冷蔵設備の効率化が鍵となります。

今後の展望|拡がる可能性
プログラムを通じて、参加企業の意識と行動に確かな変化が生まれました。特に、自社がサプライチェーン全体の中で果たすべき役割への理解が深まったことは、大きな成果といえるでしょう。
2025年度も同様のプログラムを展開予定ですが、今回の経験を活かしてさらなる改善を図っていきたいと考えています。特に、以下の点に注力する予定です。
- より実践的な算定演習の実施
- 業種別の削減事例の充実
- 参加企業間のネットワーク構築支援
アジアの製造業における脱炭素化の動きは、今後ますます加速していくことでしょう。私たちデジタルグリッドは、実務者の目線に立った支援を続けながら、この大きな変革の一翼を担っていきたいと考えています。